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超壁博新刊「Flower Shop*Levi」サンプル

こちらは2017.5.3の超壁博の新刊です。通販、イベント分ともに在庫があるのでサンプルを掲載します。

Flower Shop*Levi
A5/92P/800円/R18

通販→コチラ
サンプル表1800

【あらすじ】
街で噂のフラワーショップ、カリスマ店主の秘密とは?

マフィアを抜け出した青年・エレンは間一髪のところで偶然にも出会った花屋・リヴァイに助けられる。
リヴァイはプロを一発で打ちのめす強さを持つ一方、アレンジした花は片想いの恋さえも実らせるとネットの口コミで噂のカリスマ店主。
そんなリヴァイのギャップに興味を抱くエレンは一週間お試し採用で花屋を手伝うことになり、二人の同棲生活が始まる。

ほんわかと胸の温まるお話です。


R18作品なのでサンプルは自己責任で 2.マフィアに追われた青年


 賑やかな港町も深夜の三時となれば、深い闇とともに静寂が訪れる。見上げてみれば雲一つないというのに、星はまばらにしか散りばめられていない。もう記憶も薄れだしているが、ずっと昔、家の二階にある自室の窓から眺めていた空は、大小さまざまな星々がひしめき合っていたのを思い出すと少し寂しさを感じてしまう。
 胸を上下させ、何度も深呼吸を整えながらエレンはほんの少しの安息を得ていた――はずだった。

「おい、そっちにいたか?」
「いや……こっちは行き止まりだ。あっちじゃないか?」

 焦りさえも感じる複数の男たちの怒号が聞こえる。足音の数からして相手は五~六人はいるだろう。距離はほんの数十メートル。エレンは頭をさらに低くし、身を隠した。

「くそ、あのガキ……逃げられると思っているのか。おい、二手に分かれるぞ。」

 足音が次第に遠のいていく。やっと空気を肺まで吸い込み、ふぅっと大きく息を吐いた。

「―――絶対逃げ切ってやる。」

 隠れていたコンテナの陰から姿を現したエレンは特徴でもある大きな黄金色の瞳をキラリと輝かせ、男たちの消えた方向に向かって決意を新たにする。しかし次の瞬間、腹の奥底から大きな熱の塊が爆発したかのような衝撃が走り、フラリとバランスを崩しそうになった。

「ヤバい……クスリが回ってきた、かな……」

 だがここで踏みとどまるのは危険。一刻の猶予もない。エレンは重くなる足に鞭を打ち、すぐに走り出した。
ここは海外からの貨物船が立ち寄る港。エレンの両サイドには大きなコンテナが積み重なっていて高い壁を築いている。まるで迷路に迷いこんでしまったかのようだ。方角さえもよくわからないし、いつ男たちと鉢合わせるかもわからない。リスクは承知の上だった。

「おい、いたぞ!こっちだ!」

 背後から男の声が聞こえる。状況からいってまだ挟み撃ちにはなりそうにない。突き当りが左右に分かれている。右か、左かなど悠長に考えている暇もなく、自然と左へ梶を切るとコンテナの壁の終着点。ここでようやくエレンに幸運の女神が微笑んだ。

「待て、エレン―――!」
「待てと言われて大人しく待つならこんなに苦労はしない!」

 すぐに国道らしき広い通りに出る。さすがに車は走っていなかった。早く、もっと早く――奴らから逃げ切らねば。
 チラっと振り返ってみると黒の上下のスーツを着て、深夜だというのにサングラスで顔を隠した男たちがエレンを追いかけてきていた。

「くそっ……もっとうまく逃げ出せれば…」

 自分の詰めの甘さが原因だとわかっていても、舌打ちをせずにはいられない。ここで男たちに捕まれば殺されるか、あるいは殺してくれた方がマシだと思うほどの仕打ちを受け、二度と陽の目を拝むことはできなくなるだろう。
 これが最初で最後のチャンス――それなのに出鼻をくじかれてしまい、エレンはつくづく自分の不幸を呪った。


 エレン・イェーガーは十九歳。父はドイツ人、母は日本人でいわゆるハーフだ。父親はドイツで有名な大学で薬学の研究をしていた。幼い頃からずっとドイツに住んでいたエレンが十五歳になったとき、母が突然心臓発作を起こして倒れ、そのまま亡くなってしまった。前日まで変わりなく元気だった母の死にエレンはショックを受けた。
 それをきっかけとして父であるグリシャが豹変した。もともと研究に没頭していて、グリシャはあまり家に帰らなかったが、母が亡くなってからは、まったく帰らなくなってしまった。葬式でも涙一つ流さなかったグリシャに対して、反感しか抱いてなかったエレンは希薄な感情しか抱けず、どこか遠方の大学に進学したらそのまま疎遠になるつもりでいた。
 カフェでバイトをしつつ、自立のための資金を溜めるようになっていたエレンの元にある日、見知らぬ男がやってきた。

「君、エレン・イェーガーだよね?」

 男を守るようにして周囲に立つ屈強な男たちは、一発でボディガードだということがわかった。ただならぬ雰囲気にエレンは警戒しながら承諾すると、男はニタリと口を厭らしげに吊り上げ、ついてくるよう促した。ここで拒否をしたら、世話になっているカフェの店長やバイト仲間に迷惑をかける。エレンは昔から直感がよく当たる方だった。

「父親と違って……素直で、いい子だな。」

 嫌味のたっぷりこもった褒め言葉で反吐が出る。胸の内で愚痴を言いつつ、この堅気でないという空気をまき散らす男に大人しく従うことにする。男はエレンを繁華街にある雑居ビルへと連れていった。築三十年以上は経過しているだろうか。壁に染みついているタバコとカビが混じった匂いがエレンの鼻を刺激した。

「最近、お父さんには会ったかな?エレン―――」

 コンクリートの壁に古い浸みがついた部屋には不釣り合いな、イタリア製とも思える黒の皮張りの豪華なソファが並べられている。その中央に男は深く腰をかけ、長い脚を大げさに組む。エレンは真正面に立たされた。これではまるで尋問のようだと内心ぼやきながら、一言も言葉を発せず小さく首を横に振って答えた。

「フン……なるほどねぇ。息子を放ったらかしとはさすがにあの男らしいや……」

 男の言葉にエレンは苛立ちを覚える。グリシャから愛されていないことは、十七歳にもなればとっくに自覚している。だからといって愛されようと努力する気も起きない、互いに冷めた親子関係だというのはわかりきっていることなのに、赤の他人から言われるとさすがに腹も立つものだ。

「――さっきから黙って聞いていれば人のこと言いたい放題だけど、あんた何様?」
「あぁ失敬、失敬。実は僕は君をスカウトしに来たんだよ。エレン・イェーガー君。」

 丸い形をした眼鏡の奥からエレンの本音を探ろうと、鋭い視線が突き刺す。あくまで温和な顔を崩さず、声は穏やかだが、とんでもない裏の顔を持っている――そしてそれこそがこの金髪の男の本性に違いない。逃げろと警告音が鳴り響いくが、エレンは拳を握り締めて耐えた。

「スカウト?」
「君、マフィアに入ってみない?」

 薄々感じてはいたので、さほど驚くことではなかったのだが、なぜこの男は自分をマフィアに誘うのだろうか?寧ろ変な興味がわいてきた。

「は?何で、オレが……?」

 当然といっていい疑問に、男は指をパチンと鳴らす。すると背後に控えていた部下が、エレンにある新聞を見せた。大きく書かれている見出しに視線がいくエレン頭は金属バットで殴られたようなダメージを受ける。同時に呼吸が一瞬止まった。

「なっ……」

 昼すぎに出された号外のようだが、その新聞にはとある研究施設で起きた爆発事故の記事が書かれていた。【シガンシナ大学生命科学研究所】――グリシャが勤める研究所だった。

「父さん―――父さんはっ?」
「そこにいた研究員は爆発事故に巻き込まれて全員死亡したらしいよ。」

 持っていたスマートフォンからグリシャの番号を検索する。一回も電話したこともなく、かかってきたこともない番号を表示させると、藁をも掴む思いで発信ボタンを押す。男はエレンの様子を楽しげに観察していた。

『頼むから出てくれ―――』

 心の中で何度も念じるが、コール音が虚しく響き続けていく。やがて、「この電話が出ることができません」と女性のような機械的なアナウンスがトドメを刺し、手からすり抜けるスマートフォンが冷たいコンクリートの床に落ちる。エレンはガックリと項垂れるしかなかった。事の経緯を見守っていた男は、足を組み直し、新しい葉巻に火をつけた。

「お父さんは僕らにとって大事な取引相手でね――」
「取引相手……?父さんがあんたと?どういうことだよ。」

 男は白い何かが詰められたものをエレンの目の前に放り投げる。十センチ四方のソレは、テレビや映画で見かけるものによく似ている。もちろん、エレンにとって本物を見るのは生まれて初めて、手に取ると想像以上の重さだった。

「もしかして―――」
「そう……麻薬だ。」

 全身に流れていた血液が一気に引いていく音が聞こえる。男がすべてを語らなくても察しがついた。父親が、まさかマフィアと繋がっていたなんて、信じたくないのに絶対違うとははっきり言いきれないジレンマにエレンは陥っていた。

「父さんがあんたと馴染みだろうが、オレには関係ない。」
「つれないな、エレン。一応、君とは血がつながっているんだけど?」
「え……?」
「僕の名前はジーク・イェーガー……腹違いの兄なんだ。」

 ますます頭が混乱する。ジークと名乗る金髪の男は見た目エレンよりは一回り近く年上に見えるが、確かにグリシャに風貌が似ている。グリシャと関係があるのではと薄々感じていたが、まさか息子であり、自分の兄貴とは思ってもみなかった。何も教えてくれなかったグリシャに対する怒りが爆発した。

「オレは何も聞いてない!そう簡単に信じられるか!」
「これから時間はたっぷりある。君の知らないお父さんの話をたくさんしてあげようじゃないか。」

 ジークはエレンを解放する気はないようだし、銃を持った男たちに囲まれていて隙がない。エレンは幼い頃から格闘術を習っていたが、これだけの人数を相手にするのは不可能。仕方ないかと深い溜息をつくしかなかった。

「――オレがマフィアに入ったとして、あんたたちの役に立つことは何もないと思うけど?」
「両親が死んで一人ぼっちになった弟を放っておけるほど僕も冷酷な人間じゃないんだよ。この世界はいろんな仕事がある。君も自分に合ったのを探せばいいさ。金には困らない。」
「随分と簡単に言うんだな……」
「それに君は薬学を専攻しようとしていただろう?何だかんだといって血は争えないよねぇ……」

 不敵な笑みを浮かべながら、あっけらかんと話すジークに、エレンは拍子抜けするしかない。だが、逃げ出そうとしたら容赦なく殺す――ジークの目がそう語っていた。
 ここに来てしまった以上、もはや選択肢などなかったのだ。エレンはジークをキッと睨んだまま、一度だけ頷いた。
 この日からエレンの日常は百八十度変わってしまった。通っていたハイスクールもやめ、家も引き払い、エレンは裏世界に身を投じることになった。家にさして執着はなかったが、母の葬儀後にグリシャから形見だから持っておけと渡されたロケットだけはペンダントにして肌身離さず持っている。ロケットの中身は生まれたばかりの赤ん坊の自分を抱く母親、そしてグリシャの三人が写った写真が入っていた。
 ジークが仕切るマフィアは主に麻薬の製造、密輸で勢力を広めていた。グリシャは新型麻薬の開発に大きく関わっていたらしく、裏社会では有名な人物だったことにはエレンもさすがに驚くしかなかった。エレンは主に運び屋としてヨーロッパやアジアを飛び回り、麻薬製造に関する知識を頭に叩き込まれた。
 ジークの真意は明らかだ。グリシャの代わりとしてエレンに麻薬を製造させようとしている。人を狂わせるクスリの開発など、ジークの思い通りになるつもりのないエレンは大人しく従うフリをしながら機会を窺っていた。
 二年経過した頃、ついにチャンスが訪れた。今度の荷の運び先が日本だとジークから聞かされたとき瞳の奥が大きく瞬いたが、周囲の誰も気づかなかったはずだ。日本といえば母・カルラの故郷――一度でいいから行ってみたいと思っていた。そして、逃げ出すにはここしかないと考えた。
 日本行きの貨物船に荷とともに乗り込む。いつものことだが、エレンの他にジークの側近がついてくる。表向きはエレンの護衛ということだが、実際は監視をしているに過ぎない。まともに戦っても返り討ちにあうだけなのは重々わかっているので、黙って受け入れることにした。常に一人はエレンの傍を離れようとしない。だから日本にまもなく到着するという直前、大博打に出ることにした。

「今晩のオレの監視はあんた?」

 シャワーを浴びたエレンは部屋のドアの外で立つ男に声をかける。身に着けているバスローブはわざと胸元を見せるようにして、ほとんど乾かしていない髪からは雫がポタリと落ちる。誘うような視線で自分より背の高い大柄の男を見上げた。

「それがどうしたというのだ?」
「ねぇこれ。オレが開発したクスリなんだけど効果を試さないといけなくて……付き合ってくれない?」
「何で俺が……」
「このクスリ……飲むと性的本能を強く刺激される。媚薬なんて比じゃない。一緒に飲むと、天国に行けるほど気持ちよくなれる。いまオレの傍にはあんたしかいない。ねぇ、どぉ?」

 二つあった琥珀色のカプセルのうちの一つをエレンは迷うことなく口に含み、そのまま呑み込む。まずは自分が飲まなければ、男が信用しないことは承知の上。すぐに身体の芯がジンジン熱くなり、流れる血液が沸騰し始めてくる。恐らくいまの自分は蕩けた表情をしているはずだ。

「オレのことを監視しながら気持ちイイこともできる。最高だと思うけど?」

 妖艶な雰囲気で迫ってくるエレンの姿目の当たりにした男がゴクリと唾の呑み込む音が聞こえる。あぁ堕ちたな――エレンは確信した。

「フン、前からてめぇのことは気になっていたんだがな。ジーク様の弟だから手を出せなかったのだが……誘われたのなら仕方ねぇよなぁ。」

 ニッと厭らしげな笑みを浮かべ、男はエレンが手にしていたもう一個のカプセルを呑み込む。そのまま部屋に押し込み、男はエレンをベッドに押し倒した。バスローブを乱暴に引き?がし、露わになったエレンの裸体にはぁはぁと息が荒くなっていく、

「すげぇ……男の身体にこんなにも興奮しちまうなんて初めてだ。」
「そう、それはよかった……」

 エレンはクスリと微笑む、男の目は血走り、かなりの興奮状態に陥っている。もってあと数秒か――それまで、首筋や胸元を厭らしげに舐められるのを必死に我慢した。

「うっ………」

 ガクン――スイッチが切れた人形のように、突然意識を無くした男の身体がエレンの上に乗っかってくる。エレンは突き飛ばすようにして咄嗟に男を跳ね除け、スルリとベッドから抜け出した。

「何とかうまくいったか……」

 男に飲ませたカプセルは強力な睡眠薬。しばらく起きることはないだろう。エレンはすぐに男と同じ黒のスーツに身を包み、部屋を抜け出す。両サイドは仲間の部屋、息を殺し、足音を立てずに前を通りすぎていく。コンテナ船の通路はすれ違うのが難しいほど狭い。誰かが近づいてくる気配を敏感に察知しながら出口を目指した。

「エレンがいないぞ!探せ!」
「くそっ―――」

 タイミング悪く、他の誰かがエレンの部屋に行ったらしい。予想より早く気づかれてしまったのは運が悪いとしか言いようがない。エレンは舌打ちを鳴らし、なんとデッキから十メートル近くはある地上へと飛び降りた。
 ダンっ――アスファルトの上に落ちる。何とか受け身がとれたので、頭を打つことなく無事降りることができたエレンはすぐに身体を起こした。

「いたぞ!あそこだ!」

 上から叫び声が聞こえる。初めての土地、右も左もわからないがとにかくいまは前に進むしかない。

「捕まってたまるか!」

 もう何にも縛られたくない。エレンは自分の意志で一歩を踏み出した。



「はぁ……はぁ……」

 コンテナ船が到着する港は横浜という街だとは聞いていた。遠くに見える大きな観覧車や特徴ある形をしたホテルは確かにネットで調べた風景と一致している。いま自分が一体どこに進んでいるのかさえわからないが、人通りがまったくないのは幸いだった。
 大通りの途中で曲がった先がずっと坂になっている。引き返すわけにもいかず、そのまま進むエレン。やっとのことで昇りきった頃にはさすがのエレンでも息が途切れ途切れになってしまう。一度足を止め、両膝に手をやると汗がポタポタと落ちてきた。
 エレンが来た方向から複数の足音が聞こえてくる。まったく、休む暇さえ与えてくれない。鉛のように重い足に鞭を打ち、交差点に飛び出したエレンを眩しい光が照らした。

「っ―――――!」

 キキキキィ―――タイヤの悲鳴が耳をつんざく。眩んだ目が落ち着いたエレンのあと数十センチというところで停まっていたのはワンボックスの白い車だった。

「た、助かった―――」

 間一髪、轢かれず済んだことで胸に手をやりながら安堵するのも束の間、車の中から出てきた男のあまりに怖い形相にエレンの身が縮んだ。

「おいてめぇ……いくら信号がねぇからって勢いよく飛び出す奴がいるか!」
「す、すみません……!」

 眉の間にいくつもの皺を刻み込み、胸倉を掴む男はエレンの周囲にいたマフィアよりただならぬ雰囲気を持っている。もしかしたら日本のマフィア――ヤクザと言われている男に出くわしてしまったのか。エレンはますます自分の不運を呪った。
 だが男の乗っていた車を見て、すぐに誤解が解けた。

「フラワーショップ……リヴァイ?え、もしかして花屋?」
「だったら何だっていうんだ?」
「え、うそ……」

 思わず本音を口に漏らすと、花屋の眉間の皺がますます増える。不謹慎ながら笑いがこみあげてきて、プっと噴き出してしまった。ジークと同じくらいの年齢に見えながら、マフィアであるジークより怖い顔をした男が花屋?信じろという方が無理というものだ。

「てめぇ……何笑ってやがる……」
「す、すみません……」
「いたぞ、あそこだ!」

 笑いを堪えようとするエレンの耳に、男たちの叫び声が届く。

「しまった―――!」

 花屋に気を取られて、自分の置かれている状況をすっかり忘れてしまっていた。男たちは上着の内側から銃を取り出し、一斉にエレンへ照準を合わせる。

「おい、何だ?あいつらは……」
「そんなことはいいから。ここにいたらあんたも巻き込まれる!早く逃げて!」

 自分だけならともかく、何も知らない赤の他人を巻き込むわけにはいかない――エレンは花屋を背に隠すようにして男たちの前に立ちはだかった。

「エレン、組織を抜けようとしたらどうなるかわかっているんだろうな?」
「もちろん……だけど、オレはいつまでもあいつの言いなりになはなりたくなんかない!」
「そうか、なら仕方がない。多少は痛い目に合わせてもいいとジーク様から許可はもらっている。」

 やはり逃げることはできないのか――何てつまらない人生なのかと悲観するエレンの肩を、強い力が掴んだ。

「お前……あいつらに追われているのか?」
「あんた、まだ逃げてなかったのかよ!あの銃はおもちゃなんかじゃない、本物なんだよ!オレの日本語わかる?OK?」

 銃規制で取り締まられている国の人間は皆平和ボケしているものなのか?それともいつか行きたいと思って習得していた日本語が通じないのか?焦るエレンとは対照的に、花屋はやたらと落ち着いていた。

「あぁ……アレが本物だってことくらい、俺には見ればわかる。」
「え……?何言って……」

 いまになって気づくが、なぜこの男は本物の銃を向けられてこんなにも冷静でいられるのだろうか。考える余裕もなく、急に強い力に引っ張られ、バランスを崩したエレンの頭上数センチのところを銃弾が通過する。パンパンと何発もの銃声が真夜中の港町に響き渡った。

「こっちだ、来い!」

 すぐに身を起こし花屋の背中を追いかける。いろいろ聞きたいことはあるのだが、いまは花屋の言葉に従うほかない。ここは住宅街、夜中とはいえ発砲音がすれば誰かが警察に通報するはずだ。一度でエレンを仕留めきれなかったのは、奴らにとっては痛恨の打撃といえた。
 住宅街をしばらく走っていくと、一気に視界が広がる。二人は高台にある公園へ入っていく。ポツンポツンと置かれた街灯だけで、海を見渡せる場所にあるベンチにもまったく人の気配はなかった。一体何でわざわざ人気のないところに?エレンの胸を不安が襲う。案の定、男たちは追ってきていた。

「ようやく諦めたか……手こずらせやがって。」

 男の一人が勝ち誇った顔で再びエレンではなく、花屋に銃の狙いを定めた。

「一般人だが、この場に居合わせたことを不運だと思うんだな。顔を見られた以上、生かすわけにはいかない。」
「待って。オレのことは殺しても構わないから、この人だけは!」

 自分のせいで他人が死ぬなんて我慢できない。誰にも迷惑をかけたくなかったのに――懇願しようとしたエレンを花屋はなぜか引き止めた。

「お前らごときが俺を仕留められると思っているのか……?」

 花屋は意味ありげな言葉を口にするが、エレンも男たちも首を傾げてしまう。

「お前はそこの物陰に隠れていろ。」
「な、何言って……!こんな状況で、正気?」
「いいから大人しく言うことを聞け。お前も巻き込まれたいのか?」

 ジロリと睨まれ、背中に悪寒が走る。花屋は近くにある大きな花壇に隠れるよう、エレンに命令をする。その目は鷹のように鋭かったので、言うとおりにするしかなかった。エレンが大人しく花壇の裏に身を屈めるのを確認した花屋は、男たちの方へ一歩一歩、確実に近づいていった。

「な、何だ……コイツ……」
「お前……何者だ……?」

 花屋から只ならぬ雰囲気を男たちは感じたのだろう。顔面が恐怖に怯えながら、パンパンと引き金を一斉に引き続ける。男たちの銃の狙いが狂っていたわけではない、素人でも仕留められる至近距離で銃弾の雨を降らせたはずだった。

「っ――――」

 流れ弾に気をつけながらエレンはその光景に目を瞠った。銃弾より速い動きで花屋は身を屈め、一気に右端にいた男との距離を詰めた。男にとっては花屋の姿が一瞬にして消えたようにしか見えなかっただろう。

「ひっ―――」

 構え直そうとした男の手首を掴み。鳩尾に膝蹴りを食らわす。急所を点かれた男は白目をむき、その場にあっけなく倒れた。

「き、貴様っ―――」

 残った男たちは悲鳴に近い声をあげるが、もう後の祭り。花屋が次々と倒していく。マフィアに身を置くようになって二年近くになる。こうした抗争を目の当たりにすることは珍しくはなくなったが、こんなにも一方的な決着を見るのは初めてだった。
 地べたに倒れる屈強の男たちを花屋はツンと澄ました顔で見下ろしていた。

「ったく……口ほどにもねぇな。」

 無事でよかったと、花壇から身を乗り出したエレンを別の方角から銃口が狙いを定める。カチッという音に振り向けば、エレンが睡眠薬で眠らせた男が現れた。

「俺を陥れやがって……エレンっ!」

 ダメだ……殺される。思わず瞼を閉じ、死の恐怖に固まるエレンの体をたくましい温もりが包み込むので、咄嗟的にしがみついた。パンパン――乾いた銃声が二度、空へと消えていく。耳がキーンとすると同時に、硝煙の匂いが鼻に充満するが、それだけで身体中のどこも痛くはない。恐る恐る目を開けると、遥か向こうでエレンを狙っていたはずの男がうつ伏せに倒れていた。

「大丈夫か?」

 低く、それでいて優しみのある声が降り落ちる。硝煙の匂いは花屋が手にしている銃からのものだった。

「い、いつの間に銃を……あなた一体何者なんですか?」
「―――ただの花屋だ……」

 出会ったときからずっと抱いていたようやく口にしたというのに、返答はごくシンプルながら到底納得できるものではなかった。

「た、……ただの花屋が銃を使えるわけないでしょうが!」
「お前にいちいち説明する義理はねぇ。こっちはお前に付き合ったおかげで戻るのに時間がかかった。仕入れの花が傷んだらどう責任取ってくれるっていうんだ?」
「へ?……仕入れの花?」

 ますます疑問が膨らむばかりのエレンの耳にサイレンの音が段々と近づいてきた。

「チッ、もう来やがったか。おい、サッサと立て。警察が来る前にずらかるぞ。」
「え……」

 一緒に来いという花屋にエレンは戸惑いを覚える。さっきは状況的に仕方なかったが、本当は自分のいざこざに巻き込むは毛頭ない。俯くエレンに花屋は深い溜息をついた。

「どうせ行くところねぇんだろ?このままだと警察の監獄行きだし、お前が捕まったら俺のことまでバレちまう。」

 確かにここに留まれば今度は警察に追われる羽目になる。納得したエレンは重い足の枷を外すことにした。パトカーに見つからないよう、少し回り道をして車を停めてある交差点に辿りつく。助手席のドアを開けると、むせる花の匂いに酔いそうになってしまう。中にはたくさんの花が所狭しと並べられていた。

「―――本当に花屋だったんだ。」
「銃や武器が入っているとでも思ったか?」
「あんな強さ見せつけられたら、花屋なんて言われても普通は信じられませんよ。」

 そういうものか、と花屋は軽く受け止める。そこから十分ほど走ると車に書かれているものと同じ看板が掲げられた店の前で停まった。

「―――本当に花屋だったんだ。」

 ついさっきと同じことを口走ってしまう。それほどまでに信じられなかったのだから仕方がない。

「おい、ボーっとしてねぇで少しは手伝え。」

 後部のトランクを開け、花屋は車から花を下している。言われたとおりに一番手前にあった、鉢を持ち上げると見かけ以上の重さに思わず変な声をあげてしまった。

「若いクセに頼りねぇな……」

 エレンが両手で一個持つのがやっとの鉢を目の前の花屋は片手で一個ずつ、軽々と運んでいる。背はエレンより二十センチくらい低い割には、腕や胸元が逞しい筋肉がついているのが服越しでもわかる。エレンが知っている花屋とはまったく違っていた。

「そういえばオレ、まだあなたの名前を聞いていませんでした。」
「人に名前を聞くならまずは自分からだろうが。」
「あ……すみません、オレはエレン。エレン・イェーガーっていいます。」

 店内に入ると、まるで別世界に紛れこんだような錯覚に襲われる。煉瓦作りの店の中に入ると、ウッドを基調とした天井は高い。開放感を感じつつも、色よく並べられた花に囲まれて、ずっと緊張感が走っていたエレンも穏やかな気持ちになることができた。

「俺の名前はリヴァイだ……」
「――え?店の名前も確か……」

 持っていた鉢を置いたリヴァイはこちらを振り向く。

「そうだ、俺はこの店の店主だ。」

 花屋の店主がどういう経緯で銃弾を避け、マフィアさえも倒す強者になるというのだろうか。リヴァイも自分のことをうさんくさいと思っているだろうが、それはお互い様だ。

「うっ――――」

 視界がグルリと一転する。持っていた鉢を落とさないよう何とか床に置き、エレンは膝をついた。大きい音がしたので気づいたリヴァイが駆け寄ってきた。

「おい、大丈夫か―――」

 ずっと張り詰めていた緊張が解けていたせいで、いまになってクスリの効果が表れ始めてきたようだ。

「だ、大丈夫です…気にしないで………」

 ドクドクと心臓の音がやかましくなってくる。お腹の中心から下腹部にかけてドロリとした熱が侵食し始めていた。一人ならまだしも、いまここに誰かが一緒にいるのは非常にまずい。エレンはリヴァイを震える手で押しのけ、フラフラと立ち上がった。

「お前……何か飲まされたな?」

 勘の鋭さからいってもやはりリヴァイは堅気ではないと確信する。

「わかっているのなら……これ以上近づかないでくださいよ……でないとオレ……」

 エレンは理性を総動員して続きの言葉を呑み込んだ。逃げ出すためとはいえ、男を誘惑するなんて本気でできる自信がなかったので少し強めの媚薬を調合した。逃げ切れば一人で処理できると、効果も時間差を置いたはずなのだが。逃げ切ったには逃げ切ったが、まさかそこに自分以外の人間がいるとは想定外の事態だ。

「だったら……」
「え、ちょっ……と!」

 リヴァイはエレンの首根っこを掴み、奥へと進んでいく。階段を上がり突き当りのドアを開ける。中には一人で暮らすには十分な間取り、キッチンやリビングがあった。どうやら店舗兼住居になっているらしい。一番手前のドアを開け、リヴァイはエレンをバスルームに放りこんだ。

「な、何を……」
「俺は汚されるのが嫌いだ。ここでやったらついでにシャワーを浴びて身体を綺麗にしろ。着替えは後で置いておいてやる。使い方はわかるな?」

 ほとんどまともな思考が奪われる中、視線を動かし、シャワーのレバーを確認する。温度調節のコックの位置、さらにその下にあるレバーを上にあげればシャワー、下に下げればカランだとわかりやすい絵柄で描いてあったので海外暮らしのエレンでも理解することができる。

「だ……大丈夫……」

 虫の鳴き声のように弱弱しく返事をすると、リヴァイは険しい顔のまま、エレンのシャツに手をかけボタンを外し始めた。身体が熱くて、重くて、衣服さえ脱ぐことも難しいことさえ悟ってくれたようだ。

「あ……」

 ベルトに手がかかる。ズボン越しにも熱が溜まっているのがわかる。リヴァイに見られることに、羞恥心が沸き起こり。外そうとする手を止めようと掌を乗せた。

「も、いいから……あとは自分で……」
「いまさら恥ずかしがっても仕方ねぇだろうが……そこに溜まってるもんを出さねぇとツライのはお前だぞ?」

 男同士だから気にするなと諭すリヴァイ。同性とのことに興味がなさそうなので、安堵しつつも少しだけ寂しさが灯る。エレンは目に涙を溜めながら、手をどけだ。

「あっ―――」

 下着ごとズボンを下され、ヒヤリとした空気が触れるので、思わず吐息が零れてしまう。既に勃起したエレンの性器は何もしなくても先端から先走りの雫をポタポタと垂らしていた。

「ご、ごめんなさい……」

 リヴァイがどんな顔をしているか見たくなくて、強く瞼を閉じながらエレンは謝罪する。フッと吐息を吐く音が聞こえた。

「―――気にするな。」

 その口調があまりに優しく思えて、胸がキュウっと締めつけられる。やっとのことでエレンのすべての衣服を剥がし、リヴァイは何も言わずにバスルームを出ていってしまった。パタンとドアの閉じる音がして一人きりになったエレンはようやく目を開ける。天を仰ぐ自分の性器のあまりの逞しさに思わずギョっとしてしまう。もう限界――早く、この身体を何とかしたかった。

「あつい………」

 小刻みに震わせながら右手で性器に触れる。ヌチョっとした音が密閉された空間に厭らしげに響くので、余計に興奮を覚えた。

「あっ……、あぁっ……」

 五本の指に同じ圧をかけてギュっと握りしめる。ドクンと内から大きな脈動を感じると、ブルリと腰が震え、先端から勢いよく白い液が吐き出された。
 エレンはこういった性行為にはまったく関心がなかった。女とも付き合ったこともないので、もちろんセックスの経験があるわけではない。だからこそ、男を誘惑するのに媚薬に頼らざるを得なかったのだが―――

「あぁ……な、に……これ……」

 こんなのでは物足りない。もっと、もっと欲しい。壁に手をつき、シャワーのレバーを上げると、冷たい水が容赦なく降り注いだ。火照った身体を冷やすにはちょうど良い。シャワーの水の中に混じる白濁が排水口へと吸い込まれていく。
 熱い、熱い……もっと、欲しい。脳みそが蕩けていく中にリヴァイの顔が浮かぶ。殺されそうになった自分を包んでくれた温もりが身体にまだ残っている。

『なんだよ……あの人は……男、なのに……!』

 こういったときは昔好きだった女の子のことでも思い出せばいいのだろうが、いまエレンの中を支配しているのはさっき出会ったばかりの不思議な花屋のことばかり。オカズにされているとは当人はまったく思ってもいないだろう。申し訳ない気持ちでいっぱいなので、黙っておくことにした。

「んんっ、……あぁっ……!」

 根元から先まで掌を上下に擦り合わせていく。自身の性器とは思えない、まるで鋼のような固さ。触れれば触れるほど、膨らんでいくのに驚きを隠せない。ジュ、ジュッと卑猥な水音が耳を犯し、頭の中が真っ白になっていく。身体の力がどんどん抜けてしまい、膝立ちになりながらエレンは荒くする呼吸を繰り返した。

「ふぅ、ううん……リヴァイ……さん……」

 チクリと後ろめたさを感じてしまうがつい名前を呼んでしまう。リヴァイと呼べば呼ぶほど煽られていく。生理的な事情から義務的にやらずにはいられない、淡泊な自慰行為とは比較ものにならない。

『ごめんなさい、……リヴァイ、さん……ごめ……』

 もう我慢ならない。これもクスリのせいか。下半身の性器だけでない、エレンの全身すべてが性感帯になってしまったかのようだ。さっきからピンと張り詰めてジンジンと痛い両胸の乳首を、親指と人差し指の先でキュっと摘まんでみる。背中が仰け反るような快感が走り、声なき声が生まれた。エレンの中で眠っていた本能が、どうすればもっと気持ちよくなるのか、頭より先に身体へと命令を下す。生まれて初めてこんなにも執拗に触れる乳首。自分の身体なのに、自分のものではないようだ。

「……っ!」

 固くコリコリした乳首を指で揉み転がす度に、気が遠くなるような快感が胸の先でビリビリと弾ける。快楽というのは連動しているものなのかわからないが、もう片方の手で包む性器がブルリと震えると、鈴口から甘い蜜を吐き出していた。トロリとしている蜜はシャワーの水とはまったく違う。
 壊れた人形のように止まらない手。溢れる厭らしい液。口から洩れるはしたない喘ぎ声。悦楽を求める女のように腰が揺れる。性とはほとんど無縁に生きていた青年が快楽の海に突き落とされた瞬間だった。

「はぁっ……あぁぁん、あっ、……あっ」

 ドア一枚隔てた向こうで、リヴァイが着替えを置きに来たらこの声を聞かれるかもれしない。いや、もう既に聞かれてしまっている可能性も高い。だがもう止められない。

「っはぁ、あ、あっ……」

 擦れる手の凹凸に細かい刺激を受けて気持ちがいい。乳首の先が完全に熱を持ってジンジンと痺れ、時折爪を立てて強く摘まめば気が狂いそうな甘い、むず痒さに蕩けそうになる。
 ドクン―――押しては引いていた波が一気に駆け上がる。速まる上下の動き、腰をユラユラと揺らす頂点で、光が弾けた。

「ぁ、んっ、……あぁ……リ、……ィ……さ、ん……」

 視界が眩む瞬間、リヴァイの顔が浮かんではすぐに消え、絶頂を迎えた。ビュっ、ビュっと断続的に吐き出される精液の青臭い匂いが呆然とするエレンの鼻をツンと刺激する。そのままバスルームに蹲ってしまう。
 肩で息をしながらどれだけ時間が経過したのだろう。身体の熱が一気に引いていく。クスリの効果は薄まってくれたようだ。やっと解放されたという安心感とともに、切なく苦しい苦味がエレンの中に広がっていく。もちろん、こんな感覚を味わったことなどこれまでただの一度もなかった。

『違う……こんなのはオレじゃない……』

 乱れてしまったのは全部クスリのせいだ。エレンはそう思い込むことにした。





 しばらくの間、冷たい水を頭から浴びていたせいか、クシュンと二度ほどくしゃみをしてしまった。風邪を引いてしまいそうなので慌ててバスルームを出ると、タオルと着替えがきちんと折り畳まれて置かれていた。夢中で気づかなかったが、いかがわしい声を聴かれてしまったのはやはり確実のようだ。ぞわぞわと背筋に悪寒が走りつつ、エレンは用意してくれたシャツに袖を通したが、やはり体格差を痛感せざると得ない。リヴァイは男性物ではSサイズなのだろう。エレンは基本Mサイズだが、ここ数年で身長が伸びたこともあり、物によってはLサイズを着ることもある。リヴァイの服の中では割とゆったりめのチョイスだったのだろうが、それでも袖は七分袖みたいだし、丈もショートサイズに見える。やっぱり元々の服を着ようと思ったのだが、すぐ横で回っている洗濯機の中に入ってしまっていたので、諦めることにした。

「すみません、服や下着まで借りてしまって……」

 リビングに向かうと、テーブルに朝食の皿を並べていたリヴァイが振り返るが、さっきの痴態を意識してしまい、視線を合わすことさえままならず、俯き気味に口をもごもごと動かした。

「やっぱり少し小せぇようだな、デカブツめ。」

 背が小さいことを多少は気にしているようなので、それ以上触れないよう話題を逸らすことにした。

「すごい……これ、リヴァイさんが作ってくれたんですか?」

 焼きたてのパンの匂いが実は空腹だったことを自覚させる。焼いたベーコンに目玉焼きと溶けたチェダーチーズを挟んだマフィンのサンドはいまだ食べ盛りのエレンの食欲をそそる。その横にはレタスとトマトのサラダにソーセージもあり、バランスの取られた食事がテーブルに二人分並べられていた。

「こんなの、さして珍しいもんじゃねぇだろ。お前、普段どんな食事をしていたんだ……」
「最近は起きるのが昼前なので、朝食自体食べるのは本当にひさしぶりですね。」

 マフィアにいるときは夜の仕事がほとんどだった。こういった朝食は生前、母親が用意してくれていたのだが、もはや記憶が朧げになっていた。懐かしさを感じ、胸が熱くなったエレンはスッと目を細めた。

「まぁいい……冷める前に食うぞ。」

 リヴァイは用意してあったカップにポッドの中身を注いでいる。香りだけで紅茶だということがわかった。

「あ、オレ……できればコーヒーを飲みたいんですけどあります?」

 普通の家庭であればインスタントコーヒーくらいあるだろう。軽い気持ちで聞いてみたのだが、リヴァイはあからさまに不機嫌そうな表情へと変わっていく。まさか地雷だったのだろうかとエレンはギョっと焦った。

「世話になっているクセにして随分と我儘だな。」
「す、すみません……普段コーヒーばかりで紅茶はあまり飲まないせいかあまり好きではないというか……」
「だったらいい機会だ。俺はコーヒーってやつが嫌いでな。残念ながら買い置きはねぇぞ。」

 抑揚のない声で言いきり、ティーカップに口をつけるリヴァイ。やはり地雷をまともに踏んでしまったようだ。気を取り直し、紅茶を一口飲んでみる。眠気を覚ますような苦みはなく、どこか物足りない気がするものの、逆に澄んだ香りと茶葉の程よい渋味と甘味がうまく重なり合い、口に広がっていく。

「――――美味しい……」

 飲み物なんて乾いた喉潤せればそれ以上求めることは何もなかったエレンにとって、新鮮味のある味覚で驚きだ。紅茶をまったく飲んだことがないわけではないが、こんなにも味覚と嗅覚に刺激を与えるものは初めてで、思わず素で感想を述べてしまう。リヴァイはしてやったりという顔で、カップをソーサーの上に置いた。

「こんな紅茶初めてだ……いつも渋味が苦手であまり好きじゃなかったんだけど……これ、すごく美味しい。」
「本来紅茶は舌と鼻で楽しむものだ。だが、それには手間をかけなくちゃいけねぇ……」

 聞けば、湯の温度や蒸らす時間もその日の気象条件よって異なるらしい。無口なタイプかと思えばこと細かに話す口元があまりに楽しげに見えたので、エレンはリヴァイに魅入ってしまっていた。

「そいつのサンドイッチの組み合わせは特にいだろう?」
「本当に……ベーコンはカリカリだけどチーズはトロトロで……こんなに美味い食事、本当に何年ぶりだろ……」

 ジークの元に行ってから金に困ることはなかったが、汚れた金を使って贅沢をしようという気は到底起きなかった。そのせいか、食いつくように口に運び、途中で喉を詰まらせようとしてしまいリヴァイにまた怒られてしまった。

「ったくてめぇはまだまだガキだな……」
「す、すみません……」

 胸をドンドンと叩いて詰まっていたものを胃の中に押しやる。おかげでホッと一息つくことができた。

「それを食い終わったら出ていけと言いたいところだが……アテはあるのか?」
「大丈夫です、と胸を張って言えないのが残念です。」

 大体の予想はついていたらしい。余計に呆れられるかと思ったが、リヴァイはほんの少しだけ肩を竦めただけだった。

「オレのせいで巻き込んでしまった上に助けてもらって……お礼をしないとは思うんですが、いま全然手持ちもなくて……」

 母親の故郷とはいえ、親戚がいるかどうかさえも知らない。ただ、ジークの元から、マフィアから抜け出すのにはこの日本が最初で最後だと思ったからだ。

「やっぱり若い奴は命知らずで無謀なことをしやがる。俺だったからよかったものの、他の奴だったらお前もろとも殺されていたぞ?」

 リヴァイの言うことが的を射すぎていて、ゾクリと背中に悪寒が走る。自分のせいで赤の他人の命が奪われていたら……キュっと握った両手が小刻みに震えていた。

「やっぱりお前……マフィアの人間のクセに人を殺したことはねぇな?」
「――オレは……その、ただの運び屋だったから……」
「麻薬だろう?だがお前が運んだ荷で遠からず死ぬ奴はいる。直接手をかけずともそれは殺人と一緒だ。」

 ガツンと後頭部を思いっきり殴られた気分だ。自分自身、わかっていながらずっと目を背けていたことを、リヴァイはストレートに言葉をぶつけてくる。

「ずっと嫌、でした……だから逃げ出したんです。東の果てのこの国なら奴らもそう簡単に手は出せないだろうから。」
「逃げ出すならもっとまともな作戦を考えろ。まぁ……人を殺したくねぇ、っていうお前は十分にまともな人間だ。」

 手だけではなく、全身が震え出したエレンをリヴァイは相変わらず突き刺すような観察眼で見ている。この人なら――エレンはバンっと両手をテーブルにつき、頭を下げた。

「お願いします!奴らが諦めるまでここに置いてもらえませんか?」

 さっきリヴァイが傷めつけておいたとはいえ、奴らがおいそれと諦めるわけがない。ジークは変にエレンに執着しているところがある。せめてジークがエレンのことを諦めるまで、どこかに身を隠していたい。いまのエレンにはリヴァイだけが頼りだった。

「―――断る。」
「あの……少しは考えたりとかしません?」
「俺は面倒ごとが嫌いだ。考える時間すらもったいねぇ。」

 あまりにあっさりと拒否されるが、そこで身を引くわけにはいかない。

「お願いします!あそこで殺されてもおかしくなかったオレが、リヴァイさんに巡り会えたことは偶然じゃないと思っているんです。」
「フン、運命とでも言いたいのか?俺まで命狙われるし車は傷つくし、いい迷惑だ。」
「く、車くらいならオレが修理します!させてください!」

 決して引かない覚悟でエレンはリヴァイに押し迫る。リヴァイはカップに残っていた紅茶を一気に飲み干し、ほぅっと息を吐く。紅茶の洗練された香りがエレンの方にまで伝わった。

「――他には?」
「は?」
「お前を匿うということは、今後も俺は面倒くせぇ奴らを相手にしなきゃならなくなる。何より俺は見てのとおりただの花屋だ。時間外労働するにはそれに見合うだけの報酬は必要だろう?」
「ただの花屋は銃を簡単に使いこなしたり、プロを打ちのめしたりできないと思いますけど……」
「格闘は昔からやっていたし、銃を扱えるといってもほんのお触り程度だ。あいつらが俺にやられたのはプロというには格がかなり下だっただけだろう?」

 エレンを追っていた連中が普段はジークの傍にいる、親衛隊たち。マフィアの間でもプロ中のプロと言える存在だったし、彼らに殺された連中が山ほどいるのを嫌というほど目にしてきた。そんな奴らをほぼ一撃で仕留めるリヴァイは、どうしても自分に正体を明かしたくないらしい。それもそうか、とエレンは納得した。ほんの数時間前に出会ったばかりの人間を警戒するのは当然のことだ。これ以上追及したら有無を言わさず追い出されそうだ。考えを巡らせるエレンの脳裏に花がよぎった。

「リヴァイさんは花屋を一人でやってらっしゃるんですか?」
「あぁ……そうだが?」
「だったらオレ、花屋を手伝います!」
「何言ってやがる?さっき鉢さえもまともに運ぶことができなかったお前にできるわけねぇだろ?」

 花屋は見かけ以上に、裏方では力仕事が多いのは確かなようだが、それだけではないはずだと、エレンの思考がポジティブに働き出す。

「オレ、少しの間ですけど昔カフェでバイトしていたことがあるから、接客は得意なんですよ!リヴァイさんは接客得意ですか?」

 珍しくリヴァイがうっと言葉を詰まらせる。これは一本取った、とエレンは心の中でガッツポーズをした。リヴァイは眉間に皺を寄せた表情を崩さずに接客するのだろう。小さな子どもでは泣き出してしまいそうなレベルだ。

「これから毎日筋トレすればリヴァイさんみたいに鉢を同時に運べるようになると思いますよ、オレ、まだ若いし。」

 リヴァイ顎に手をあて考え始める。確かな感触を得たエレンはさらに攻勢に出ることにする。

「もし不安だったら一週間だけ、お試し採用してみるっていうのはどうですか?」
「お試し採用だと?」
「はい。一週間オレを採用してみて、もしダメだったらクビにしてもらって結構です。どこの企業でもやっていることですよ?」

 エレンの積極的なアピールに、リヴァイは再び考えこんでしまう。仕方ないので、まだティーポッドに残っていた紅茶を空になったリヴァイのカップへ注ぐ。さっきより多少は色が濃くなっていたが、香りはそんなにキツくはなく、湯気も立っていた。リヴァイは自然な動作で、エレンの入れた紅茶をほんの一口だけ啜る。瞬きもせずリヴァイの様子を見つめるエレンの耳に、ニャーという可愛い鳴き声が聞こえてくる。

「あぁ……起きたか。」

 リヴァイはキッチンへと向かう。その足元をどこに潜んでいたのか黒っぽい生き物が追いかけていった。

「……猫?」

 リヴァイの足に頭をこすりつける猫は餌を強請っているようだ。リヴァイは手にした餌のボウルにドライフードを入れて、床に置く。猫はよっぽどお腹が空いていたのか、がっつくようにしてフードを食べ始めた。

「リヴァイさん、猫を飼っているんですか?」
「雨の日夜に店仕舞いしようとしたら入口の看板のところにいてな。捨てられたのか弱っていたもんだから、一晩中に入れてやったらそのまま居つかれちまった。」

 仕方ないからという言い回しの割には、猫に穏やかな眼差しを向けるので、エレンはますますリヴァイという人物がわからなくなる。同時に好奇心も沸いていた。

「へぇ……よかったな、いい人に拾われて……」

 猫は全身がつやつやとした真っ黒な毛で覆われていて、瞳はリヴァイと同じ、青みがかった深いブルーグレーの色をしている。さらに飼い主の趣味なのか、白い首輪にはヒラヒラとクラバットもついていて、貴族の紳士にようにも見えた。

「おい待て……そいつは……」

 フードを食べ終わり、手足をペロペロと舐め始める猫はエレンをあっさりと受け入れてくれる。すんなりと頭を撫でさせてくれたことに驚いたのはリヴァイの方だった。

「どうかしたんですか?リヴァイさん。」
「そいつは俺以外には決して懐かないんだが……」

 えっと驚くが、猫はエレンが頭を何度も撫でてくれるのがうれしいらしく、次第に喉をグルグル鳴らし始める。初対面ながらよっぽど好かれてしまったようだ。

「まぁ猫は気まぐれっていいますしね?ところでこの猫、名前は何ていうんですか?」
「兵長だ。」

 一瞬時間が止まったかと思った。エレンは二度ほど瞬きをし、誇らしげに言い放つリヴァイにもう一度尋ねた。

「―――ヘイチョウ?」
「兵長だ。」

 よく見れば雄猫だということはわかるが、気品あるこの猫ならばもっと他に名前のつけようがあっただろうに……笑いで表情を崩しそうになるエレンに、リヴァイの眉がピクリと反応する。慌ててごまかすことにした。

「そっか、お前の名前は兵長っていうのか。強そうな名前でよかったな。」

 兵長も自分の名前に満更でもないらしい。ニャーっとうれしそうな声で鳴き、満腹になって用が済んだのかトトトと軽快な足取りでリビングを出ていってしまった。

「さっきの話だが……」
「はい?兵長のことですか?」
「いや、お試し採用の話だ。」

 兵長のことですっかり和んでしまい、気を取り直す。だが、もう構える必要もなかったらしい。リヴァイはキッチン横にある棚の引き出しから取り出したものをエレンに放り投げる。慌ててキャッチすると、それはリヴァイと同じ、真っ黒な色をしたエプロン。左の胸元には【Flower Shop Levi】と書かれた店のロゴマークが刺繍されていた。

「これ………」
「リビング出てすぐ右にある空き部屋を使え。ベッドしかねぇが十分だろう?」
「じゃぁオレのこと採用してくれるんですね!」

 強敵なボスを倒し、困難なゲームをクリアしたときのような達成感でいっぱいになる。

「一週間とはいえ、仮にも同居するんだ。いくつか守ってもらうことがある。よく聞いておけ。」

 エレンは舞い上がる気持ちを抑えつつ、コクリと頷いてリヴァイの言葉を待った。

「一つ、朝食は俺が作る。昼食と夕食はお前が作ること。」
「料理だったらオレ、得意です!」
「一つ、掃除はお前に任せる。埃一つでも残したら許さねぇから覚悟しておけ。」
「は、はい……」

 確かにこの空間にはどこもかしこも清潔に保たれていて新築の部屋のようだ。声色と目つきが変わったことで、リヴァイの本気度が伝わりエレンは緊張感を走らせる。

「最後に、地下の部屋には絶対入るな。」
「え……ここ、地下があるんですか?」
「返事は?」

 質問さえ許さないというリヴァイのピリっとした空気がエレンの肌を突き刺す。

「は、はいっ……!」
「―――絶対守れよ。」

 言うべきことを伝え、リヴァイは食べ終わった二人分の食器を持ってキッチンへ戻っていく。やはり謎が多い、多すぎる。そもそも何でこの人が似つかわない花屋なんてやっているのだろうか?頭の中が疑問でいっぱいになるが、いまは黙ってリヴァイの言うことを聞くしかないようだ。
 とにもかくにも一週間がんばるしかない。エレンは気合を入れ直し、頭からエプロンをかけてみる。リヴァイの後を追い、店に出ようとしたエレンを扉のところで待っていた兵長がニャーっと声をかけ、見送ってくれた。
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