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夏コミ新刊① 「騎士×偽姫物語」サンプル【頒布終了】

夏コミ新刊一冊目のご紹介です。

8月15日 COMICMARKET88 西め-07b
8月23日 SUPERCOMICCITY関西21 6号館Cと-52a

Mikeneco Cafe
リヴァイ×エレン小説 R18
騎士×偽姫物語
A5/116P/1,000円
表紙1400

【あらすじ】
剣と魔法のファンタジーパロ長編。エレン女装有。
魔王を封じる強い力を持つシガンシナ王家は代々女児しか生まれない血筋だったが、魔の力が強まるといわれる赤の月に双子が生まれる。
双子の片割れである男児は存在を抹消され、禁忌の塔ふ幽閉されていたが10歳になったある日王家に呼び戻される。
名も与えられていない男児は初めて顔を合わす母親である女王から行方不明になった双子の姉・エレナ姫の身代わりとなるよう命じられる。
5年後、エレナ姫を演じ続ける男児と大陸最強の騎士・リヴァイとの婚約が決まるが……


※こちらは昨年10月、スパークの無料配布本の完全版となります。
※シリアス展開ですが最後はいつもどおりラブラブハッピーエンドです。
※エレンはエレナという名前で女装しています。
※途中、エレナ(エレン)が触手に犯されるシーン有。苦手な方は注意してください。


騎士リヴァイと女装姫エレナ(エレン)の素敵な表紙はotonya様に描いていただきました。ありがとうございます!

イベント・通販ともに頒布終了しました。 

~ ブロローグ ~

 この世界は大きな大陸が東と西に分かれ、大小様々な国で構成されている。東西大陸の間はほとんどが海で分断されており、陸路を使って行き来できるのは北にある森林と山脈地帯のみ。だが、そこには遙か昔から魔物が生息しており人間を襲う。北の大地へ足を踏み入れることはできないため、大陸間の行き来は船を使い、海路を渡るのが主流となっていた。
 魔物たち数年に一度、魔の力が高まると言われる【赤の月】に特に狂暴化する。人間だけでなく家畜までも襲い、畑を荒らし、街や村には火を放ち、甚大な被害を及ぼす。
そのため人間たちは魔物に対抗する術を身に着けなければならなかった。
東の大陸は剣と武術を、西の大陸は魔法と法術をそれぞれ高め、魔物との戦いは長きに渡っていった。


 しかし、その均衡が一時崩れかけた出来事がある。
五百年前の赤の月―――
 突如現れた魔族の王が魔物の群れを率いて西側大陸を侵略し始めてきた。
魔王の底知れない強さ、そして魔王の魔力に影響を受けた魔物たちに圧倒され、西側諸国は次々と呑み込まれていった。
人間が魔族に支配されてしまう―――絶望的な状況の中、唯一魔王に立ち向かったのは西側大陸の中央に位置するシガンシナ国。魔を払う強い聖なる力を持ったシガンシナ国女王は、夫である当時東側大陸で最強と言われていた伝説の騎士とともに自らの命をかけて魔王と戦い、北の大地へ封じ込めたのだ。
魔王が封印されたことで西側大陸を覆っていた魔の力が弱まり、魔物の侵攻もピタリと止んだことにより、人間たちは再び平和を取り戻すことができた。皆から称賛されるシガンシナ国女王だったが、魔王との戦いで受けた呪詛と力をすべて使いきったことが仇となり、僅か数か月後に次代女王である幼い姫を残して絶命したのだった。
その力の強さのせいなのか代々女児しか生まれないことから、女王制であるシガンシナ王家は魔を払う強い力を継承し、魔王の封印の監視と北の大地を牽制して続けてきた。
 だが五百年経った今、魔王を封じたという力が徐々に弱まりつつある。さらに追い打ちをかけるようにして、シガンシナ王家の力の継承、つまり魔を払う聖なる血筋が薄くなってきてしまっていた。
 それを証明する悲劇の幕がいま上がろうとしていた―――


  *     *     *


 数年に一度、不定期に訪れる赤の月。魔物の襲来は、魔王を封印したとしてもゼロになったわけではない。いまでも北の大地に隣接する国々は魔物の被害を少なからず受けているため、どの国も魔物に対する防衛策を強化せざるを得ない状況だ。
 その日は皮肉にも赤の月の時期でありしかも満月。一番魔力が強まる夜だった。まるで血のように赤い色を帯びた月が夜の闇にひっそりと浮かんでいて何とも不気味な空気と恐怖を誰もが感じずにはいられない。この日だけは街の店の営業も早々に終わってしまう。
 ピリピリとした緊張の中、シガンシナ王国は大事な日を迎えていて、王都の城は朝から慌ただしかった。それもそのはず、臨月を迎えていたシガンシナ国女王・カルラがようやく産気づいたからだ。ついに、次期女王候補である姫が誕生する――城中の従者たち全員がその準備に追われていた。
 シガンシナ国騎士団団長であるハンネスは魔物の襲撃に備えるため国境の防衛地点で指揮を取っていたのだが、すぐに王都に戻るようにとの伝令が来たため、何事かと頭に疑念を抱きながら馬を走らせていた。まさか女王か生まれてくる姫君の身に何かが起きたのか?振り払えない不安な気持ちをひた隠しにしながら王家の間へ向かうと、王のグリシャが怪訝そうな表情をしながら玉座に座っていた。

「王侯陛下。騎士団長ハンネス、ただいま戻りました。」
「よく戻ってきてくれたハンネス。いまから一緒に後宮へ行ってもらう。人払いを。」

 やはり、何かよからぬ事態が起きたのだろうか。ハンネスは一緒に戻った部下に待機を命じ、王から詳細を聞くことができないまま女王のいる後宮へと一緒に向かった。

『静かすぎる。これはどういうことだ……?』

 女王が出産ということであれば女官たちが忙しく行き来しているはず。しかし、女王の寝室へと続く廊下は人の姿がまるっきりない。後宮のあまりの静けさにハンネスは驚きを隠せなかった。

「あの……王侯陛下………何があったんですか?まさか……女王や赤子の身に?」
「女王も生まれてきた赤子も健在だ。安心していい。」

 王の言葉に内心胸を撫で下ろすが、それならどうしてと引っかかりが残る。無事に赤子が生まれてきたのであれば今頃城中は歓喜に沸いているはず。この静寂はやはり異様だともいえた。
 ようやく女王の寝室へと辿りつく。警備の兵士が扉を開けるとそこには女王の姿はなく数人の女官がいるだけだった。

「ハンネス。幼少の頃より女王に仕えてきたお前だからこそ頼みがある。そしてこれから言うことは決して口外せぬように。」

 王があえて口外するなと言った意味をハンネスは息つく暇もなく、その場で理解をした。

「双子………?」

 女官たちが取り囲む中心にいるのは二人の赤子。スヤスヤと眠る様子はとても無邪気で判別などつかない。そのうち右側で眠っていた赤子を女官の一人が抱き上げた。

「そう。しかも一人は男児だということがわかった。女王はそのことにショックを受け、いま別の間で医師の治療を受けている。」

 代々女児しか生まれない家系であるはずなのに、男児という異例の存在が誕生したということはシガンシナ王家の力が弱まっていることを世に知らしめすことになる。生まれてきてはならない赤子――王がハンネスを呼び戻した真の理由を悟った。

「―――まさか私にこの赤子を殺せと……?」
「この子は生まれてきてはならなかったのだ。シガンシナ王家の力が弱まれば魔の力が強まる。ここ最近の報告によれば北の大地に不穏な動きがあるようだ。五百年前の封印が弱まってきており、余談を許さぬ状況だ。」

 王は事実だけを淡々と述べ、だからこの男児を殺せといとも簡単に言ってのける。女官から男児を受け取ると、柔らかな温かさが手から伝わってきた。目を覚ました赤子はハンネスの顔を見ても泣き出すことなく、これから自分の身に起きることを悟ることもなく無邪気な笑顔を向けてくる。ハンネスの胸は何かに鷲掴みにされたように苦しくなった。
 いくら血筋であるとはいえ、生まれてきた赤子には何の罪もないというのに、自我を形成する前に幼い命を断てというのか。
 王、そして女王には絶対の忠誠を誓った身。逆らうことなどするつもりもない。だが、しかし―――心を大きく揺さぶられるハンネスの背中を誰かが押した。

「王侯陛下。お言葉ですがどこの世界にも生まれてきてはならない赤子など存在しないと私は考えます。」
「―――ハンネス?」

 忠義に熱いと評判のハンネスが口答えをするとは微塵も思っていなかったのだろう。大きく目を見開く王に、ハンネスは赤子を抱きながら膝をつき変わらぬ忠誠の証を示した。

「女児しか生まれぬ家系に生まれたこの男児はまさに異端の存在でしょう。しかし、それはシガンシナ王家の力が弱まったせいではなく、新たなる力の誕生かもしれません。」
「新たなる力……?どういうことだ、ハンネス。」

 ハンネスは赤子を抱く腕に力を籠めながら王を見上げた。
 嘘偽りでもいい。王に対する反逆罪と処刑されても構わない。
 この幼い命を守ることができるのなら――自分をここまで突き動かすのは一体何なのかわからないが、迷いなどなかった。

「私は魔導師ではないので本当にこの赤子に力があるかはわかりません。ですが異端な存在が生まれたことは決して血筋が弱まったせいだとは限らないのではないかと申し上げているのです。」
「ふむ………」

 王は顎に手をあて、しばらく考えこんでいる。ハンネスはその様子を自分の心臓の鼓動の音を聞きながら見守っていた。

「確かに赤子を殺すのは時期尚早かもしれん。いやしかし……」
「王侯陛下……」
「ハンネス、その赤子を禁忌の塔へ連れていけ。」

 ハンネスは言葉を呑み込んだ。シガンシナ王国の外れ、森林地帯にある禁忌の塔。五百年前の戦いで捕まえた魔物を封印しているのだと知識程度には知っているがハンネス自身、実際に行ったことはなかった。

「禁忌の塔……ですか?」
「この赤子の存在を国民はおろか、城の者にも知られるわけにはいかない。今日生まれたのはそこにいる女児……次のシガンシナ国女王一人だけだ。」

 王が女児の方へチラリと視線を送る。女児はいままで一緒にいた男児がいなくなったことに気づき寂しくなったのか急に泣き出し、女官にあやされていた。

「命までは奪わないまでもその赤子の存在を人の目に触れさせるわけにはいかん。」

 王にとっても苦渋の決断だということは十分に承知している。確かに女児しか生まれないシガンシナ王家に男児が生まれたとなれば国民は王家の魔を払う力が弱まったのだと動揺し、いつ来るかわからない魔物の恐怖におびやかされるだろう。さらにいえば、他の諸国に弱点を晒すわけにもいかない。ここ最近は、魔物だけでなく国家間――人間同士の小競り合いも度々起きているのが騎士団長であるハンネスの悩みの種の一つでもあった。
 ハンネスは苦虫を潰すような思いで怒りを堪えた。

「承知しました。王侯陛下―――この赤子はシガンシナ国騎士団長ハンネスが責任を持って禁忌の塔へ連れてまいります。」

 ハンネスの返事に王は大きく頷くと、そのまま背中を向けてしまう。まるでハンネスの腕にいる赤子の存在が最初からなかったかのようと思えるものだった。
 ハンネスは王が視線を逸らしている間にそっと出て行く。人目を避けながら自分が使っている愛馬ではなく、馬舎で選んだ長距離に適した馬に乗り夜が明ける前に城を飛び出していった。
 禁忌の塔へは馬で一日はかかるはずだが、赤の月の時期であるため特に森林地帯には魔物が潜んでいる可能性も高い。
 部下も引き連れず、しかも生まれたばかりの赤子を抱えて一人で森林地帯を抜けるなど命知らずの無謀というものだ。
 それでも不思議と後悔はしていない。いまは腕に感じるこの温かさを守ることで頭はいっぱいなのだ。
 しかし、やはり魔物はハンネスの事情を汲み取ってくれるわけではない。恰好の餌である人間の赤子の匂いを敏感に嗅ぎとる魔物の群れがハンネスめがけて襲いかかってきた。

「くそっ――――!」

 夜が明け月も沈んでいるとはいえ、餌に飢えた魔物ほど厄介なものはない。ハンネスは馬のスピードを緩めることなく、剣を振り回していった。

「来るならさっさと来てみやがれ、魔物どもめ――!シガンシナ国騎士団長、ハンネスの剣がお前らを斬り裂いてやる!」

 次々と倒されていく魔物たち。だが魔物の一匹が馬の脚に噛みついてしまう。馬を大きく嘶きながら倒れ込み、ハンネスは赤子とともに体ごと吹っ飛ばされてしまった。
赤子の身を庇い、受け身をとったものの、背中を大きく地面に打ちつけたことで一瞬息ができなくなる。ゴホゴホと咳き込みながら何とか上半身を起こすと、魔物たちが逃げ場を塞ぐようにしてジワリジワリと距離を詰めてきていた。剣を握ろうにも手が麻痺していて思うように動かない。さらに額からは生温かなモノが零れていくのを遠くなりそうな意識の中で感じた。

「ふぇっ………」

 赤子が魔物の存在を敏感に感じ取ったのか顔を歪ませる。赤子を抱く手に感じるその重みは命の重みと言ってもいい。自分はこの赤子の命を守るために、命を賭けてここまで来たのではないか。

「ははは……悪かったな、大丈夫だ。心配するな。こんなところで死ぬわけにはいかないよな……」

 痛みも感じなくなってきた体で立ち上がりながらも剣を構える。ハンネスの雰囲気に魔物たちの動きが止まった。

「俺が必ずお前をあの塔へ連れていってやる。いいか、この世界で必要のない存在なんてありはしない。血筋だろうがなんだろうが、必ずお前のことを必要としてくれる奴が現れる。だからお前はどんなに辛いことがあっても生きろ。」

 ボロボロな自分の顔を映し出す赤子の瞳がキラリと輝いた。ハンネス自身には子どもがいないが、この瞬間だけは子を持つ親の気持ちがわかるような気がして微笑んだ。

「よし……じゃぁ行くぞ―――」

〈プロローグ・終〉


――いいか。この世界で必要のない存在なんてありはしない。

――温かい温もり……ずっとオレを守ってくれた……

――お前はどんなに辛いことがあっても生きろ

――誰?誰なの……?

 大きな人影はぼやけていて誰なのか、声の主なのかさえもよくわからない。手を伸ばそうとした瞬間、その影は目の前から跡形もなく消えていった。

「待って―――――!」

 意識が急浮上する。そこはいつもの無機質な天井だった。
 薄暗い部屋に外からの淡い光がと差し込んでいる。ゆるゆるとベッドから体を起こし、扉の方に目をやると既に朝食が用意されていた。

「あれは夢、なのか……?」

 オレは時々同じ夢を見る。誰だがわからないがオレに生きろと、この世界には必要のない存在はないのだと、語りかけてきてくれる。それとともに感じる温もりは自分の中で忘れされられた記憶なのかどうかはわからない。だが、少なくともいまのオレにとっては心の支えとなっていた。
 朝には太陽が昇り、赤く燃えるような夕焼けの後は真っ暗な闇の中から数えきれないほどの星々と大きな月が顔を覗かせる。時には激しいほどの雨が降り、身が凍えるほど寒い時期になると辺りは真っ白に染まる。こういった光景を物心ついた頃からもう何度も繰り返し見てきた。
 四方を硬い石畳で囲まれた密室には眠るためのベッドと外を眺めるための小さくくり抜かれた窓があるだけ。そこから外を覗くと自分のいるところが地面からかなり高い位置にいることが思い知らされる。当然、ここから抜け出すことなど不可能だ。
 さらに頑丈な扉の下には小さな扉がついていて、そこから一日三度食事が提供される。食事を与えられるということは誰かがオレを生かそうとしてくれている証だ。
 オレがこの密室から出るのは決まっている。一つは排泄のとき、そしてもう一つは定期的に訪れる思い出したくもない苦痛を全身に感じるあのときだけだ。

「うっ――――」

 思い出すだけで吐き気が起こる。咄嗟に手で口を抑えて必死に抑えた。しばらくしてから落ち着くと、オレは深い息を吐いた。
 自分の身を抱えると小刻みに震えているのがわかる。ここで顔を合わす人間たちは皆、オレのことを人として扱っておらず忌々しく思っているようだった。

 オレはどうしてここにいるのだろう―――
 オレはなぜ生きているのだろう―――
 
 誰もオレに教えてくれる人はない。この世界でオレはたった一人なのだとずっと思っていた。

 ガチャン―――
 急に扉の鍵の開く音がして、驚いたオレは小さな体を飛び上がらせた。またあの地下の間に連れていかれるのか――味わされる苦痛を思い出し、オレは全身を強張らせる。だが部屋に入ってきたのはいつもの黒装束の人間ではなく、全身に頑丈そうな鎧をつけ、腰にはオレの体ならいとも簡単に真っ二つに斬れてしまいそうな長い剣を腰に差した無精ひげの男。初めて見る顔だった。

「おい、名無し野郎。お前を女王陛下の元へ連れていくになった。ついてこい。」

 名無し野郎というのはどうやらオレことらしい。いままで顔を合わせたことのある人間は指折り数えるほどだが、皆が皆オレのことを【名無し】と呼んでいた。

「じょう…おう……へいか?」

 いままで耳にしたこことのない言葉を言われてもピンと来るはずもない。オレがきょとんした顔で首を傾げると、鎧の男は何か思いついたようだった。

「あぁ……そうだった。お前はただの一度もこの禁忌の塔から出たことはなかったんだな。」
「きん…きの……とう?」

 男は小馬鹿にしたような顔でフンと鼻で笑いながらオレの両手首に持ってきた手錠をかける。冷たくてずしりとした重みが両腕にのしかかり、そのまま強引に部屋から引きずり出された。
 手錠に繋がれている鎖で引っ張られるものの、大人の歩幅に追いつくのは大変で何度も転びそうになる。もっとゆっくり歩いてほしいなどと到底言える雰囲気ではなかった。長い螺旋階段を下りていき、そのまま行けば地下の間に辿り着く次の階段の手前脇にある扉を開くと外のさわやかな風がオレを包み込んでくれた。

「う……わぁ……」

 思わず感嘆の息が漏れる。オレが初めて禁忌の塔と言われる場所から外へ出た瞬間だった。だが外の空気を楽しむ間も与えられることなく手首の鎖を引っ張られ、向かった先には車輪のついた大きな箱のようなものが待ち構えていた。

「おら、この馬車にとっとと入りやがれ。」

 馬車の扉が開き、オレは鎧の男に背中を乱暴に押されてしまう。
 中は子ども一人入るのには十分な広さだが窓もついておらず、暗くて狭い場所へと閉じ込められてしまった。やがてガタガタと動き出す音がした。
 一体どこに連れていかれるのだろうか?女王陛下は自分に何の用があるのだろうか?不安の中に微かな期待が入り混じりながら、ずっと揺られながらいるとウトウトと眠気が襲ってきて、オレはそのまま瞼を閉じた。
 それからどれくらい時間が経過したのだろう。馬車の動きがピタリと止まるのと同時に、オレは眠りから目を醒ました。キィという音を立てながら扉が開けられると、眩しい光が差し込んできてオレの目が一瞬眩んだ。

「着いたぞ。」

 鎖を引っ張られ、半ば強制的に馬車から降ろされる。だんだん視界がはっきりしてくると目の前に広がる光景に圧倒されたオレは声を失った。
 禁忌の塔にあるオレの部屋の窓から見えていたのは遥か遠くの山々と塔周辺に広がる森を覆う木々のみだった。だがいまのオレの目の前には見たことがない大きい建物がそびえ立っている。

「お前の姿を大勢に晒すと面倒だからな。裏口から入る。」

 降りた場所は裏口というところらしい。確かに広い敷地の中に人の姿はまるでなかった。男に連れられ、広い建物の廊下を歩いていく。中に入るとさらに驚くことばかりで左の胸がさっきからドクンドクンと脈打っているのがわかる。ふわふわの絨毯の上を裸足で歩くのはくすぐったい割には心地いい。廊下には人の形をした大きな石の人形や絵のようなものが飾られていて、キョロキョロと目移りしているとチクチクとした視線を感じた。遠くの物陰からオレのことを伺っている何人かの大人の姿が見えた。
 奥に突き当たると、オレの背丈の何倍もある大きな扉が開く。廊下から続く赤い絨毯のはるか先、豪華な装飾が為された椅子に一人の女性が座っていた。

「女王陛下。例の者を連れてまいりました。」

 男が膝をつき敬うような態度を示す。女王陛下と呼ばれる女性は瞳の奥を一瞬だけ揺るがしたように見えたが、すぐに氷のような冷たい表情に戻りオレのことを見下ろしていた。

「―――本当に、生きていたのですね……」

 その言葉にどんな意味が含まれているのか、オレには知る由もない。ただ、複雑な感情が入り混じりものすごく重みがあるということだけは感じ取ることができた。
 オレはずっと女王の顔を見上げたまま立ち尽くしていた。自分の顔ですらまともに見たこともないが、目元のあたりがどことなくオレに似ているような気がした。
 オレに見つめられるのが気に入らないのか、それとも後ろめたさでもあるのだろうか。女王はフイっと顔を背けた。

「あなたは今日からエレナとして生きるのです。」
「エレ……ナ?」

 当然だがエレナなど聞いたこともない名前だ。戸惑うオレのことなど見えていないかのように女王は淡々と話し続けた。

「エレナはこのシガンシナ王国の大事な跡継ぎ。これからあなたには勉学や教養、ダンスや社交界のマナー、そして王族としての振る舞いなどを身に着けてもらいます。」
「オレが………?」
「あなたはシガンシナ国民から敬われ、必要な存在となるのです。これからは誇りを持ちなさい。」

 必要な存在などといきなり言われても実感が沸かないのは仕方のないことだ。物心がついてからずっと名無しと呼ばれていたオレがいきなりエレナという会ったこともない者になれと言われてもどうしていいのか自分にはわからない。
だが、当然のことながらオレに拒否権などあるわけがないといいことだけはわかっている。よくわからない単語ばかり突きつけられたオレはポカンと口を開けたまま女王を見つめていた。

「連れていきなさい。」

 沈黙に耐え切れなくなったらしく、近くにいた兵士にオレを連れていくよう命じる。オレの顔など見ていたくないというようにも感じ取れた。横にいた鎧の男が立ち上がり、女王に深々と頭を下げると、オレの手を繋ぐ鎖を再び引っ張り始めた。
 オレは鎧の男についていきながらもう一度振り向く。オレの背中を見つめる女王の瞳がどこか哀しげな色を浮かべているような気がした。
 今度は一体どこに連れていかれるのだろうと思いつつ、階段を昇っていく。禁忌の塔ほどの高さはなかったが、途中にある窓から覗いてみると、いくつもの色とりどりな建物の屋根がたくさん見える。もしかしたらあそこにはたくさんの人間がいるのかもしれないとワクワクしてきた。
 最上階にある部屋の扉の前に、自分と同じくらいの年齢だろうか、杖を持った金髪の少年と鎧の男と同じく腰に剣を差した黒髪の少女が立っていた。

「後は頼んだぞ。」

 鎧の男はそう言って、金髪の少年にオレを繋ぐ鎖と恐らく手錠を外すための鍵を渡した後立ち去っていった。

「そんなに怖がらないでも大丈夫だよ。僕はアルミン。魔導師見習いなんだ。それでこっちはミカサ。まだ騎士見習いだけどこれでも剣の腕前はいまの男より強いんだよ、すごいでしょ?」
「え………」
「アルミン。この子、困った顔している。」

 ミカサという少女は勘が鋭いらしく、オレが困っていることをアルミンに促してくれた。アルミンはそうか、と気づくと頭を掻きながら申し訳なさそうに微笑んだ。

「ごめんね。ずっとあの塔に一人いたんだもの。見ず知らずの人間が急に親しそうに話しても戸惑ってしまうよね……。」
「あ……ちょっと驚いただけ。」

 少なくともこの二人はいままで会った人間のようにオレのことを痛めつけたり、罵ったりしないことだけはすぐにわかる。あまり気を使わせたくないオレはさっきのアルミンの真似をしてぎこちなく笑ってみせた。

「君は自身の置かれている状況を半分も理解していないと思う。説明が少し長くなるけどいいかな?」

 そう言いながらアルミンは近くにあった椅子に座ることを薦めてくれたので遠慮なく腰をかけてみる。綺麗な装飾がなされた椅子はこれまで使っていたベッドとはまるで違う柔らかさを伴っていて、オレはここに来てから驚くことばかりだ。オレは気を取り直し、テーブルの向かいに座るアルミンをジッと見つめた。

「君は紛れもなくこのシガンシナ王家の血をひいている。少し事情があって君はあの禁忌の塔に閉じ込められていたんだ。」
「王家……?さっきの女王陛下というのは……。」
「そう……君の母君であり、このシガンシナ国の女王陛下だよ。」

 自分がいきなり王家の人間だという事実もにわか信じがたいことなのだが、さっき顔を合わせたときに女王の瞳が揺らいだときに僅かながら感情のようなものが見えたのはそういうことだったのかと理解した。

「女王陛下はオレにエレナになれと言った……エレナって誰なんだ?」

 聞きたいことが多すぎて矢継ぎ早に質問してしまって申し訳ないと思いながらもオレはアルミンにぶつけた。少し感情が高ぶっていたかもしれないのに、アルミンは受け止めてくれた。

「五百年前の魔王との戦いで呪いをその身に受けた当時のシガンシナ女王以降、代々女子しか生まれてこなかったんだ。そのため男児の誕生は王家の魔を払う力が弱まっている証だとされて、君の存在は末梢されてしまったんだ。」
『だからオレは名無しと呼ばれていたのか……』

 最悪の事態なら殺されても当然かもしれない。そのとき、オレの中で身に覚えのない何かがトクンと弾けるのを感じた。

「そして君にはエレナ姫という双子の姉がいる。」
「エレナ姫……」
「僕も驚いたよ、君はエレナ姫にそっくりだね。」
「いきなりそう言われても……わからねぇよ。」

 オレはふてくされた顔をしながら生まれてからずっと伸ばしてきた、腰まである長い髪を指でつまんでみせる。確かに女に見えないことはない。オレにエレナ姫の身代わりをしろということはわかったが、一つの疑問が沸いた。

「エレナ姫は……死んだのか……?」

 唐突な質問をしてしまったのかもしれない。アルミンもミカサも途端に表情が暗くなった。

「亡くなってはいない……攫われたんだ。」
「攫われた……?誰に?」

 するとアルミンが言いづらそうに口を噤んで何かに耐えているようだった。見兼ねたミカサがアルミンの肩をポンっと叩き、代わりに口を開いた。

「半年前になる。宮廷魔導師が突然王家を裏切ってエレナ姫を攫ってしまった。」
「宮廷魔導師……?」
「僕の兄弟子だったんだ。魔導師にはふさわしくないほどの優しい心の持ち主でとても裏切るような人ではなかった。」

 気を取り直したアルミンが説明を続ける。そして書棚から一冊の古びた本を取り出した。ページをめくるとオレには理解できない文字がたくさん並ぶ中で魔物のような異形な顔をした者に立ち向かう女性の姿が描かれた絵があった。

「これは………?」
「五百年前に起きた魔王との戦いの記録を示した書物だよ。魔王を封じたシガンシナ王家はいまでもその封印を保ち続けなければならない大事な役割がある。でも……残念なことにここ数年、魔王の封印が弱まってきているらしいんだ。」

 ということはここに描かれている女性はオレの先祖――当時のシガンシナ国女王なのだろう。アルミンはシガンシナ王家は代を重ねるごとに魔を封じる力の継承が弱まってきているのだと説明した。

「あまり言いたくはないけど、兄弟子だったベルトルトは魔王に心を乗っ取られたのかもしれない。エレナ姫を攫ったベルトルトが向かったのは北の大地。魔王が封印されているという場所だ。」
「どうして助けに行かない?」

 オレの問いにアルミンは静かに横を振る。そして今度はこの世界を指し示す地図のようなものをテーブルに広げた。

「この西側大陸のほぼ中央にあるのが僕たちのいるシガンシナ国。周囲にも大小様々な国々があって国同士の諍いのようなものは時々起きていたんだけど、封印が弱まってきたことで魔物の襲撃が多くなってきたせいか、ここ数年は沈静化している。」

 次にアルミンは東西大陸を繋ぐ北の大地に指を差す。ここには国名というものは書かれておらず、何もないことがわかる。

「ここは人間が立ち入れない危険区域なんだ。山と森林に覆われていて多くの魔物が生息している。エレナ姫が攫われたとき、女王の命令でこの北の大地へ大規模な遠征に向かったのだけれど、兵士や魔導師の一割未満も生還できなかったよ。」

 無理な遠征で兵力が激減したことにより国境の警備もままならず、さらには時期女王候補であるエレナ姫を失い、女王の求心力もますます低下しているのだという。

「だからこそ、女王陛下は君を呼んだんだ。エレナ姫が失踪したことは城の一部の人間しか知らない。国民にでも知れ渡ったら暴動でも起きかねないからね。」

 さっきの女王の態度からしてもいままで王家に存在してはいけないと排除されていたというのに、随分勝手な話だとも思う。

『それでもオレは………』

 何事もなければあのまま一人きりで誰にも知られることなく、死んでいくだけだった。きっかけはどうであれ、そんな自分を必要としてくれる人間がいる。そう思うと胸がフワリと浮かんだような気持ちになった。

――お前はどんなに辛いことがあっても生きろ

 誰なのかわからない、それでもずっと支えられてきたあの声が背中を後押ししてくれる。オレは俯きがちだった顔を上げて、アルミンとミカサを真っ直ぐに見た。

「エレナ姫になることがオレの生きる意味だというのなら……オレは今日からエレナになる。」

 人との交流もあまりなく、あの塔の部屋の窓から外を眺めるしかなかったオレが初めてその価値を認められたのだ。これから先もまた辛いことが起きるかもしれないが、あの塔に戻されるよりよっぽどマシというものだ。
 エレナの答えを聞いたアルミンとミカサは安心したように表情を綻ばせる。この二人はオレがエレナを演じ続ける限りは味方でいてくれそうだ。

「ありがとう……エレナ姫。」
「え…?あ、あぁ……ごめん。急にエレナ姫と呼ばれて少し驚いてしまっただけだ。」
「慣れるまでは仕方ないよ。僕は君に何でも教えるし、君も何かわからないことがあったら僕やミカサに気兼ねなく聞くといい。」

 アルミンとミカサが同時に椅子から立ち上がり、オレの方に右手を差し出してくる。意味がわからないオレは戸惑いながら二人を交互に見た。

「えっと………」

 するとアルミンはやんわりとした笑みを浮かべた。

「これは握手っていうんだよ、エレナ姫、お互いの信頼を交わすときにする行為の一つなんだ。」
「握手………」

 オレは自分の右手をまじまじと見てから、恐る恐るアルミンの手を握った。アルミンの体温が伝わってくるとともに、安心感が生まれるのを感じた。さらにその上からミカサの手が包み込んでくれる。

「あ………」
「どうしたの?」
「ちょっと懐かしい感じがしたから……」

 オレはこの温もりを知っている――誰のことなのかはわかららないが体が覚えている。そしてそれは恐らくあの声の主であり、自分はこの温もりによって守られたのだということだけはなぜか遠い記憶に残っていた。
 二人が本当に求めているのは自分ではなく、いなくなったエレナ姫の方だというのは十分承知している。それでも、あの女王でさえ、いままで名前すら与えられなかった自分を必要としてくれているのだ。だったらエレナ姫を演じきってみせて、そこから自分の存在意義を見出してみたい。
 この二人を信じてみよう――オレは心の中でそう誓いながらぎこちなく微笑んでみせた。


  *     *     *


 五年後――
 東側大陸で急激に勢力を伸ばしているシーナ帝国は武術と剣術を重んじる国である。東側、西側のそれぞれの大陸に大小合わせて五十近い国々があるが、その中で最強と言われているのがシーナ帝国の【自由の翼騎士団】だ。シーナ帝国は魔物に対し魔法をほとんど使わず、優れた剣術と巧みな戦術により拮抗した戦いをしており、時には魔物の群れを圧倒することさえあるという強さを誇っていた。
 その象徴と言われる人物が現国王の弟であり、自由の翼騎士団の団長のリヴァイ。シーナ帝国は血筋による王位継承ではなく、王直属の最高位である三つの騎士団の団長のうちから一人が国王に指名されることが多い。つまり、シーナ帝国では国の中で一番強い者が王となるのがふさわしいというのが昔からのしきたりなのだ。
 現国王・エルヴィンも元自由の翼騎士団長で、引退したピクシス前国王から指名されつい一年前に就任したばかり。
 そしてエルヴィンの側近だったリヴァイが騎士団長へと昇格したのだった。

「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!」
「何だ?もう終わりか?」

 リヴァイは腰を抜かして座り込んだ新兵の鼻先に剣を突きつける。新兵が持っていた剣はリヴァイに跳ね除けられ、後方遥か先に飛んでいってしまった。

「も……もぅ無理ですっ……!」

 新兵は体をガクガクと震わせながら涙ながらに懇願してくる。まったく手ごたえのない相手にリヴァイははぁっと長い溜息をつきながら剣を収めた。

「今日はもう終わりだ――」

 リヴァイの一言にそれまで絶望していた顔が一転、喜びに満ちた顔で新兵は仲間たちとともに訓練場を後にしていく。変わり身の早いことだと呆れつつ、リヴァイは雲一つない空を見上げた。
 特に予定が入っていない日、リヴァイは騎士団の訓練に付き合うことが多い。最近の若い騎士候補たちは口だけは達者なくせに骨のある連中がおらず、少々興ざめしているところなのだが、騎士団の一員となる以上は自覚と実力を備えてもらわないと困る。団長という立場上、当然手を抜くことはできないため、あまりの訓練の厳しさに挫折してしまう者が出てきているのは情けない話で愚痴の一つでも零したくなるというものだ。
 【シーナ帝国最強の自由の翼騎士団】は周辺諸国からは恐れられてさえいると聞く。国の間での領土争いなど小さな諍いはあちらこちらで勃発しているが、さすがにシーナ帝国に盾突こうという命知らずな国はいない。さらにエルヴィンが国王に就任してからというもの、軍備の増強だけでなく、その巧みな政治力でシーナ帝国は周辺の弱小国を吸収しながら勢力を拡大し始めてきた。東側の大陸のほぼ三分の二はいまやシーナ帝国の領土で占めていると過言ではない。
 そしてエルヴィンの目は既に西側大陸へと向けられている。最近はある国に興味を抱いているらしく、よく使者を出しているのだがあまりいい返事をもらえていないようだ。どこにご執心なのか政治に興味のないリヴァイは詳しくは知らないが、あまり頑なな態度を続けられるとこっちの出番が増えてくる懸念もある。いつ騎士団を派遣という話になるのかしれない。ただでさえここ数年、魔物の動きも活発で国境の小さな村から被害報告もあるため、魔物討伐の回数も以前より各段に増えてきた。魔物だけならともかく、人間までも相手にしなければならなくなることはぜひとも避けたいところだ。

「リヴァイ騎士団長、こちらでしたか。エルヴィン国王がお呼びです。至急、広間に来てください。」

 やはり来たかと予想どおりの展開にリヴァイは呼びにきたエルヴィンの側近に気づかれないよう小さく息を吐いた。腹違いとはいえ、兄であるエルヴィンの考えは容易に想像がつく。

「あぁ……すぐに行く。」

 だからと言って逆らうつもりも毛頭ない。エルヴィンはリヴァイがこの世で唯一信頼を置く相手だからだ。リヴァイが王室の大広間へ向かうと、玉座に腰をかけるエルヴィンと共に側近であるミケとハンジがいた。

「リヴァイ、騎士団の指導に熱が入るのはいいが、最近は脱落者も多いようだぞ。少し厳しすぎるのではないか?」
「入ってくる奴が軟弱すぎるのばかりだからだ。次回以降の入団選考の基準を見直すべきだと思っている。」
「そうだな……だがお前の基準に合わせると合格できる者など一人もいなくなってしまうのではないか?」
「即戦力が欲しいわけじゃねぇ。だが、騎士団に入ったことにカマけてロクに自主訓練もしない怠けた奴はすぐに魔物の腹の中だろうよ。それこそ戦力の無駄というものだ。」

 エルヴィンはリヴァイが騎士団長になってから脱落者が多くなったことを気にかけてはいるようだが、団長として兵士全員の命を預かる以上、厳しいことを言わざるを得ないというのがリヴァイの持論だ。エルヴィン自身もリヴァイのことを一番理解しているからか、小さく肩を竦めたもののそれ以上とやかく言うつもりはないようだった。

「わざわざ呼んだのはそのことではない。リヴァイ、ミケとナナバを連れてこれからすぐにシガンシナ国に行ってもらえないだろうか。」
「シガンシナ国………?あぁ、お前が最近ご執心だったところがそんな名前だったな。了解だ、エルヴィン。」

 概ね使者として国王の弟であるリヴァイを送り、まずは国内の状況でも視察してこいというところだろうか。騎士として戦うだけではなく、こういった政治の取引に駆り出されることもリヴァイはこれまで数えきれないほど経験してきた。早速ミケたちと作戦会議するため声をかけようとしたリヴァイをエルヴィンはまだ話が終わっていないのだと呼び止めた。

「リヴァイ、君にはシガンシナ王国の第一皇女であるエレナ姫と婚約してもらう。」

 頭の中が真っ白になったリヴァイはここ最近で一番凶悪と思われる顔でエルヴィンの方を振り向いた。

「なっ……おい、エルヴィン。どういうことだ。」

 いくら兄弟とはいえ、リヴァイとエルヴィンは国王とその部下。名前を呼び捨てすることなど本来なら許さるはずもないのだが、この二人は特別な関係なのだともいえる。
 時折エルヴィンがリヴァイをからかうことがあるので、険悪な雰囲気になることがあるのだが、今回はいつもと違うらしい。リヴァイの身に纏う空気がガラっと変わったのを敏感に察した周囲の従者は顔を青ざめさせながら震え上がっていた。
 リヴァイは最強の騎士という名声とその容姿から言い寄ってくる貴族の令嬢や、娘をぜひ嫁にとすり寄ってくる輩が多い。リヴァイ自身はそれなりに女性経験もあるし、女に興味がないわけではないのだがこれまでの経験上、一人の人間を愛する感情というものが沸いてこないため、結婚というものを避けてきた。
 それよりも自分が一番信頼するエルヴィンの片腕として生涯を全うするつもりだということは伝えてあるし、エルヴィンも既に承知しているはずなのに……鋭い眼差しで睨みつけるリヴァイに対し、エルヴィンはクスリと口元を綻ばせた。

「五年前の大遠征失敗で求心力を失いかけているシガンシナ国に援助を申し出ているんだが、なかなか信頼を得られなくてね。」

 エルヴィンはやれやれと困ったように首を横に振るがそれもパフォーマンスなだけにわざとらしい。我が兄ながら腹黒いことだ、とリヴァイは内心溜息をついた。

「魔物の地に大規模な軍勢を送り込んで失敗したのがシガンシナ国だったか……現王家がなぜそんな無謀なことをしたのか理由ははっきりしていないんだったな。」
「そうだ、公式には明らかにされていない。北の大地に眠るとされる魔王の封印を監視する役目を担っているシガンシナ国女王の乱心との噂もあり、国を越えて魔物に対する不安が広がってきている。」

 そのためエルヴィンはシガンシナ国に対し粘り強く交渉を重ねた結果、ここに来てようやく重い腰を上げてくれたようだ。

「フン。友好の証として血縁関係となるってことか。」

 リヴァイは気に入らないという態度を前面に出した。エルヴィンにとってシガンシナ国を取り込むことが重要なのだということはわかるが、そのために自分が国を離れなければならないということがいまだ納得できずにいる。

「シーナ帝国最強の自由の翼騎士団団長がシガンシナ国に婿入りとなれば、西側諸国の態度もガラリと変わるだろう。そうすれば国間のつまらない諍いに巻き込まれなくて済むということだ。」
「やはりお前の真の狙いをそこなんだろう?エルヴィン。そうやって西側大陸にもシーナ帝国の影響力を及ぼすってことか、抜け目のねぇことだな。」
「この数年、活動的になった魔物の襲撃による被害がこの東側諸国にも報告されている。五百年前の封印が弱まってきているのかもしれん。ここは国を越えて人間同士が一致団結することが得策だと私は考えているのだよ、リヴァイ。」

 エルヴィンの言っていることが常に最良の選択であることは長年付き合ってきた自分自身が一番よくわかっているものの素直に納得できるかどうかは別問題だ。しかし、リヴァイはこれまで一度もエルヴィンに口で勝ったことはない。
 どうやら腹を括るしかないようだとリヴァイは一度天井を見上げ、少し時間を置いてから再びエルヴィンと視線を向き合った。

「シガンシナ国には行ってやる。だがそのエレナ姫とやらが気に入らねぇ相手だったら悪いが俺は断ってくるつもりだ。」
「生涯を共にする相手だし、向こうに失礼があってはならない。リヴァイの目に敵う素晴らしい女性だと私も祈っておこう。」
「ったく、クソが……言ってろ。」

 リヴァイがエルヴィンの命令に逆らったことなどただの一度もないのを知っているくせに、精一杯の嫌味も軽く受け流されてしまう。このくらいの人間性がなければ一国の王など到底務まれないのだろう。

「頼んだぞ、リヴァイ。」
「あぁ……任せろ。」

 最後はお互い信頼を持った視線を交わしたものの、この世でエルヴィンだけは敵に回したくない唯一の相手だとつくづく思う。これ以上付き合ってられるかとリヴァイは踵を返し、シガンシナ国へ向かうための準備を始めた。


  *     *     *


 シガンシナ国―――
 その日は朝から雲一つない天気で、長い冬の時期が明けたのかと思うくらい温かな太陽の光が城の庭に差し込んでいる。まだ時間が早いせいか、剣の訓練場には誰一人いない。エレナはそこで長く伸びた髪を後ろに束ね、剣を振るっていた。

「やっぱりここにいた!エレナ姫……」

 背後から自分の名を呼ぶ声がして、エレナはビクンと背中を飛び上がらせた。振り向くと自分を探していたのであろう、アルミンとミカサが駆け寄ってきた。

「まったく……今日の午前中は魔法の授業だったの忘れたわけじゃないよね?」

 アルミンが少し呆れ気味にエレナを問い詰める。エレナは申し訳なさそうな笑みを浮かべながら小さな声で謝罪した。

「オレ……魔法はどうも苦手みたいだし……こうやって剣を手にしている方が自分に合っているような気がするんだ。ミカサ、後で相手してくれないか?」
「エレナ姫……いまはアルミンに怒られる。」

 十五歳にしてエレナの守護騎士となったミカサは次代の騎士団長候補と噂されるほどの腕前だ。シガンシナ国を始め、西側大陸ではミカサ以上に優れた騎士はいないとされている。エレナは時々アルミンの目を盗んではミカサに剣の相手をしてもらっているのだった。

「あ……ごめん、アルミン。」

 アルミンはつい先日、十五歳の誕生日に正式に宮廷魔導師となったばかり。しかし、こうして頬を膨らませながら不貞腐れる姿はまだまだ子どもといえる。こんな表情をするのも、気心の知れるエレナとミカサの前だからだ。エレナはクスリと微笑んだ。
 五年前からエレナは行方不明になっている双子の姉の身代わりを務めている。物心ついたときから隔離されていたエレナにとって何もかもが始めてのことだったが、余計な先入観がなかっただけにそう時間をかけずに受け入れることができた。そして何より目の前にいるアルミンとミカサの存在が大きく、常にエレナの心の支えとなっていた。男であることを隠しつつ、しかも姫としての振る舞いをすることに一番手こずったが、いまはこうしてアルミンたちと一緒にいるときだけは、僅かに素に戻ることができるほどに演じきれるほどになっていた。ただ一つ、王家の血筋を引いているのに魔法の力があまり身につかないことについては、やはり血筋自体が弱くなってきているのだろうと母親である女王を落胆させていた。
 常に女王の顔色を窺いながら接しなければならず、少々苦手意識を感じていることは口には出さないのだが、アルミンとミカサの二人には薄々感づかれているようで、気をつかってくれることが多い。だからこそ、この五年もの間、誰にも怪しまれることなくエレナになりきれたのかもしれない。
 ただ、十五歳ともなるとやはり男女の体の違いが如実に現れ始める。当然のことながら一向に膨らむことのない胸を始め、いまだ成長期であるエレナの体は確実に男の骨格に変化してきた。幼さはまだ残るものの女性のように凛と整った綺麗な顔立ちをしているのが唯一の救いといえる。なるべく体のラインが出ないドレスを着てさえいれば、周囲の者は少しも疑うことはなかった。

「魔法の授業のことは後でいい。それよりエレナ姫、君にとって大事な話がさっき王家の会議で決まったんだ。」
「大事な話……?」

 どうやらエレナには言い辛い話のようで、アルミンは一度大きく深呼吸をした。

「エレナ姫、君の婚約が決まった。」
「え……こ、婚約ってまさか……」

 さすがのエレナも無知ではない。アルミンは険しい顔で頷いた。
 視界がグラリと揺れた。フラつくエレナの体をすぐさまミカサが支えてくれる。エレナは小さな声ですまないと言いつつ意識を保つのが精一杯だった、

「うん……今夜来るシーナ帝国のリヴァイ騎士団長はエルヴィン国王の弟。エルヴィン国王は自分の血族をこのシガンシナ国へ送り込むことによって西側大陸一帯に勢力を伸ばそうとしているんだ。」
「要は政略結婚ってことじゃないか。それにオレは男だぞ?結婚なんてそもそも男同士でできるわけがない!」

 何よりこれは女王の決断なのだとアルミンが申し訳なさそうに視線を落とす。アルミンを責めても仕方はないことだとは十分承知している。突然の婚約話にエレナは驚きと焦りでいっぱいで感情をそのままアルミンにぶつけてしまったことをすぐに後悔した。

「もちろん最初はずっと断り続けていたんだ。でも向こうの押しが強いのと、このシガンシナも五年前の北への大遠征失敗の余波でいまや国の防護もままならい状態なのはエレナ姫、君も知っているだろう?」
「それはもちろんわかってはいけど、もっと他に手段はなかったのか?こんなオレと結婚なんてしたらそれこそ相手に失礼だと思うんだけど…」

 エレナの母親である女王は十五年前に双子を出産したときの体の負荷と、男児が誕生したことによる精神的なショックが影響して二度と子どもを産めない体になってしまっていた。だからこそ、本物のエレナ姫が攫われたことで後継ぎ不在となり存在を消されていた自分を身代わりにしたのは、国を統べる者としての苦渋の決断だったのだろうということはいまのエレナになら理解できる。
 だがそれでも正直、どうしていいのかわからない。跡継ぎである皇女が実は男だと知れ渡ってしまったら……最悪の予想ばかりが頭を駆け巡る。エレナは頭を抱えながら二人に背を向け、フラフラと歩き出した。

「エレナ姫、どこに行くの?」
「ごめん……しばらく一人にしてくれないか?」

 少し青ざめた表情をしていたのかもしれない。エレナが一人になりたいと告げると気を使ってくれたのか後を追いかけてくる気配はなかった。かといって場所を告げずに遠くへ行って行方不明になったりでもしたら大事な二人を困らせてしまう。エレナは城の敷地内の森にある小さな湖へとやってきた。
 青く澄んだ湖の湖面を覗きこみ顔が映し出されると、エレナの胸がチクリと痛んだ。これは自分であって本当の自分ではない。それでも皆が必要としているのはここにいる偽りの自分なのだ。

『とにかくこれからはいままで以上にエレナを演じなければならない。言葉使いも立ち振る舞いも何もかも……』

 エレナになりきることが役目、存在価値なのだと五年前に誓ったのだ。決して揺らいではいけないのだと自分を戒めていると、湖の湖面に陽の光が反射してキラキラと輝く。その美しさに目を奪われているエレナの背後から聞いたこともない声がした。

「ほぅ……こんなところに麗しき女性がたった一人きりでいるとは。不用心だな。」

 慌てたエレナは手にしていた訓練用の剣を構えて振り返る。その姿を捕えた瞬間、なぜか視線が釘付けになった。

「あ……あなたは……誰?」

 装飾がそんなに施されていないというのに気高く見える風貌。だがそれとは相反して、さっきから肌がビリビリとする空気を身に纏っていた。
 この人は強い――直観的にそう感じた。恐らくシガンシナ国にいるどの屈強な兵士たちでさえ、目の前にいる男にいとも簡単に蹴散らされるだろう。

「まさか……シーナ帝国のリヴァイ騎士団長?」
「俺のことを知っているということは例の姫君か?」

 エレナは緊張した面持ちで静かに頷くと、リヴァイは額に手を当てはぁっといかにも呆れたような溜息をつく。訳のわからないエレナは瞼をパチパチさせながらようやく構えていた剣を下ろした。

「くそっ、エルヴィンの野郎……俺にこんなガキの子守をしろっていうのか?ふざけやがって………しかもこいつ……」

 確かに年齢差を感じずにはいられないが、仮にも一国の姫に対してあまりに無礼な物言いではないか。明らかに小馬鹿にされ、エレナは内心ムっとした。

「初対面の相手にいきなり失礼な暴言ではないですか?私だってあなたのような方だとわかっていたら縁談なんて最初からお断りしていました。」

 胸糞悪い気分はこういうことなのだとエレナは初めて自覚する。この五年もの間エレナ姫としてもてはやされてきたが、その前は名も無い不憫な子どもとしてどんなに悪意のある言葉をぶつけられても抵抗する気力さえわかなかったというのに不思議なものだ。

「あぁ……それは済まない。だが俺たちのような王族の人間はたとえ気に入らない相手であろうとも結婚しなければならないなんてよくあることだ。珍しいことじゃないだろう?」
「それは……そうですけど………」

 これも歳の差なのか、的を得たリヴァイの言葉にエレナは言い返すことができずに唇を噛みしめる。
 いまここで自分が男であることを明かしてしまったら一体どんな反応をするのだろうか。国のためとはいえ嘘をつき続けていることで日に日に罪悪感が積み重なっていくのを感じるが、バレてしまったらまたあの塔に戻されるのではないか――それだけは嫌なのだと目を伏せたエレナの腰がいきなり強い力で引き寄せられる。驚く間もなく迫ってくる距離に思わず息が止まってしまった。

「なっ―――何を?」
「さっきの口ぶりからして俺が何の目的でここに来たのか知っているんだろう?そうだ……俺は勝手に決められた婚約者の品定めにわざわざやってきた。」
「し、品定め……?」

 リヴァイの口の悪さにはらわたが煮えくり返ってくる。その端正な顔を殴りつけてやりたいところだが、ここはグッとこらえた。

「そんなこと言ったって無駄です。あなた……いえ、あなたの国はこのシガンシナだけでなく西側大陸全体をシーナ帝国がその手中に収めるのが真の目的でしょう?」
「大したもんだ。鋭い観察眼を持った姫君だな。」

 ニッと不敵な笑みを浮かべリヴァイはさらに腰を引き寄せてくるのでエレナは焦り始める。他人とここまで密着させたことがない体が燃え上がるように熱くなっていく。

「ちょっ……と、待ってください!」

 これ以上近づいたらどこかで男だとバレてしまうかもしれないと、必死に押しのけようとするがピクリとも動かない。しかもリヴァイは追い打ちをかけるように耳に熱い息を吹きかけてくる。エレナは皮肉にも女のような甲高い声を上げた。

「あぁっ………やっ……」

 全身がゾクゾクと震え上がってしまい、やたらと敏感に反応してしまう自分の体が忌々しくなってきた。

「往生際の悪い姫君だな。さっきも言っただろう?俺たちのような人間は好きでもない相手と添い遂げなければならないと。だったらせめて体だけでも楽しめないとな。」

 リヴァイの言っていることが正論だというのは承知している。でも、だからといって人のことを小馬鹿にしている相手にすべてを曝け出すのはまっぴらごめんだ。

「やっ………」

 影が覆い被さりもはや逃げ場などない。リヴァイの形のいい唇がエレナに触れるのも残りあと僅か。

「やめろっ―――――!」

 反射的に動いた右の拳が何かに命中して振り抜かれる。ギュッと強く閉じた瞼を開けると、リヴァイの左の頬が真っ赤に腫れあがろうとしていた。

「あ―――――」

 しまったと思ってももう後の祭り。エレナは右手を震わせながら息を呑み込んだ。やがて唇から赤い血が一筋零れ落ちるのを拭ったリヴァイは、その瞳に妖しい光を宿らせた。

『この人……もしかしてわざと?』

 リヴァイほどの人物であればエレナの拳など余裕で止めることができるはず。思わず素を曝け出してしまったことで、自分が男であることにもしかして気づかれた?血の気がサーっと引くとともに心臓がドクドクと大きな音を立て始めた。

「あ、あの……すみません、つい……」
「随分と気丈な姫君のようだ。おもしれぇ……本当はこんな婚約、断るために来たんだが気が変わった。」
「え――――?」

 戸惑うエレナの視線の先に、リヴァイの付き添いであろう従者たちとアルミンがやってきた。

「あーいたいた。リヴァイ、探したよ。ちょっと目を離した隙にいなくならないでくれる?」
「すまないナナバ、ミケ。エレナ姫がどんな方が早く見たかったから抜けさせてもらっただけだ。」
「あれ?そこどうしたの?顔が腫れてるけど……」

 ナナバが驚いた顔でリヴァイの頬を指差す。あまりに珍しい状況なのだろうか、後ろにいたミケがなぜかプっと噴出した。

「あぁ、エレナ姫があまりに純粋な方だったから少し度が過ぎてしまったようだ。」

 そう言いながらリヴァイはチラっとエレナの方を見やる。エレナは臆することなく鋭い眼差しで睨みつけた。

「まったく君って人はこの大事なときに何やってるんだか。もう少し自覚というものを持ってくれよ。」

 ナナバは呆れながらも早く女王の元へ挨拶に行こうと促す。リヴァイは何事もなかったかのような済ました表情でエレナの手を取り、その甲に軽くキスを落とした。

「それでは夜の婚約パーティーでお会いできるのを楽しみにしております、エレナ姫。」

 さっきとはまるで違うリヴァイの紳士ぶりにエレナは唖然とするよりほかなかった。リヴァイは僅かにほくそ笑みながら颯爽と立ち上がり、ミケとナナバと共に城の方へ去っていった。

「エレナ姫……大丈夫?」

 アルミンが心配そうに声をかけると、緊張の糸がプッツリと切れる。エレナは額に手を当てながら大きな溜息をついた。

『あんな人が婚約者だなんて……最悪だ。』

 口が悪くて身勝手でこっちは振り回されてしまう。ああいったタイプの人間は初めてだ。エレナはこれからのことを悲観した。

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