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チョコより甘い……?


2014年2月の第2回壁外調査博新刊につけたノベルティ冊子のお話です。
時期的にバレンタインネタ。そしてなぜかエロ表現無しという……
それでもよければお付き合いください。

チョコより甘い……? 


 エレン・イェーガーはある悩みを抱えていた。
 その要因はエレンの上司でもあるリヴァイ。調査兵団に入る前から訓練兵からの憧れの的としていつも噂に持ち上がっていたリヴァイはエレンにとってももちろん憧れの存在。本来ならば入団したての新兵が調査兵団主力の中枢を担うリヴァイの部下になることは百パーセントあり得ないことなのだ。
 エレンが巨人の力を持っている稀有な存在ということもあり、それに興味を持ったのかリヴァイが自ら傍に置くことを進んで団長であるエルヴィンに申し出たことがきっかけともいえる。
 監視対象であり、上司であり、憧れの存在……ただそれだけなら日々の訓練に励み、リヴァイの部下として迷惑をかけないようにしていれば何もなかった……はずなのだが。
 どうしてそうなったのかなんてきっかけなど覚えていない。人類最強と言われながらも埃一つ落ちていることさえ許さないほどの潔癖症であり、自分より十歳以上も年齢が離れているリヴァイにエレンが恋心を抱くようになったことはリヴァイ本人にはもちろん、誰にも言えない秘密にしている。
 恋というものさえよく知らないエレンは最初、何かの気の迷いだと思い込むようしていた。しかし、リヴァイと二人きりになるだけでなぜか体温が上昇してまともに顔を向けることさえもできない。リヴァイに変に思われないようにしたいのだが、どうにも体が言うことをきかなくてどうしようもないのだ。
 それだけでもリヴァイからすれば挙動不審にしか見えないだろう。そんなエレンにさらなる追い打ちをかけた出来事があった。


 その日、エレンはリヴァイの指示で倉庫の荷物整理と掃除を一人でやっていた。

「うわ……こんなに荷物が積まれているのか………」

 うんざりとした表情で見上げる先には荷物の山。壁外調査時に兵士が常備する食糧などを備蓄しているので、倉庫といえど常に清潔を保っていなければならない。先日の訓練で使用したこともあり、荷物はただ漫然と積み重なっているだけだった。

「仕方ない……やるしかないか……」

 エレンは倉庫の隅にあった台に乗っかり、箱の中身を一つ一つ確認しながら埃を払うことにした。

「おい、エレン。」
「うわっ!」

 背後から急に声をかけられ、エレンは驚いて飛び上がりそうになってしまった。

「リ、リヴァイ兵長……どうしたんですか?」
「そこで使うのは箒じゃねぇ。はたきを使えと何度も言ってるだろうが。いい加減覚えろ。」
「え?あ、そうか。」

 そういえば高いところの埃を払うのにははたきを使えと言われていたのをいまさらながらに思い出す。掃除のこととなると特に厳しいリヴァイが眉間に皺を寄せながらはたきを差出してくれる。エレンは動揺を抑えながらリヴァイからはたきを受け取ろうと身を屈めた瞬間、乗っかっている台のバランスが崩れた。

「あっ――――!」

 何とか身を捩ろうにも手遅れ状態。エレンはそのままリヴァイめがけて前に倒れ込んでしまった。
 バタンと勢いのある音がしたものの、なぜかそれほどの痛みがない。それもそのはず、リヴァイの体がクッションとなってエレンを衝撃から守ってくれたのだった。

「重てぇ……」

 絞り出すかのような声にようやく我に返ったエレンがこの状況を理解するのにしばしの時間を要した。

「う…………」

 間近でかかるリヴァイの吐息。心臓の鼓動。そして予想以上に安心する温もり。すべてのピースが揃ったとき、エレンの頭は一気に沸騰し、全身を真っ赤に染め上げた。

「うわぁぁぁぁぁぁっ!」

 まるでいきなり巨人にでも出くわしたかのような勢いでリヴァイから思いっきり体を離すエレン。リヴァイは不機嫌そうに頭を抱えながら体を起こした。

「うるせぇ。ギャーギャー喚くな。」
「す、すみません!」

 壊れた人形のように何度も平謝りするエレンに、リヴァイは呆れ混じりの溜息をつく。さっきから胸がバクバクといってて五月蠅い。血液までが沸騰したみたいに熱くてクラクラしてきそうだ。
 とにかくこの二人きりという状況から逃げ出したいエレンは錯乱する頭の中、何とか理由を絞り出した。

「あ、えーっと……もしかしたら兵長が怪我してるかもしれないんで誰か呼んできます!」
「おい、待てエレン。」

 我ながらバレバレの嘘だなと思いつつ、なるべく視線を合わせず離れようとしたエレンを捕まえようと伸びてきたリヴァイの手を、エレンは反射的に振り払ってしまった。
 バシっという音が響き渡り、その場の空気がさっきよりますます気まずくなるのを感じる。

「あ………す、すみません。」

 エレンはいたたまれずリヴァイを残して倉庫を飛び出していった。


    *    *    *


 それから一週間。エレンはこれまで以上にリヴァイを避けるようになっていた。少し距離を置けば治まるだろうと思っていたのだが、そうすると今度は逆に寂しくてたまらなくなってくる。自分勝手もいいところだと呆れてしまう。
かといってリヴァイと顔を合わせる勇気もいまだなく、やるせない気持ちのエレンは誰もいない中庭で木の背をもたれながらボーっと空を見上げていた。

「やぁエレン。どうしたの?こんなところで。」

 陽気な声に振り向くとハンジがやってきた。

「あ……オレに何か用でしょうか?」
「うん?別にそういうわけじゃないけど、遠くから見えたエレンが何か思い悩んでいるように見えたから。」

 ハンジはエレンの巨人の力について研究しているためか観察眼が鋭い。上手く誤魔化そうとしてもすぐにバレてエルヴィンやリヴァイに報告されてしまうかもしれない。エレンはなるべく悟られないよう慎重に言葉を探した。

「あの……オレ、最近ある人を目の前にするとなぜか胸のあたりが熱くなってドキドキし始めて、いてもたってもいられなくなるんです。」
「胸が熱くなってドキドキね。それで?」

 格好の獲物を捕らえた狼のようなハンジの視線に絡め取られ、エレンはためらいがちに言葉を紡いでいく。

「その人と二人きりになるのを避けようとすると、今度は寂しくてたまらなくて………こんな気持ち初めてだからオレ、どうしたらいいのかわからないんです。」

 俯きがちだったエレンはハンジをまっすぐな眼差しを向ける。

「ハンジさん。オレ、巨人になったことでどこかおかしくなってしまったんでしょうか?」

 ハンジは何か思いついたのか、腕を組みながらフフンと誇らしげに笑った。

「エレン、それを解決するには思い切ってその人に自分の気持ちを打ち明けるしかないと思う。」
「………そうできたらどんなにいいか……」
「若者だったらあたって砕けろと言いたいところだけど、そんなに難しい話?」
「…………」

 恐らくその相手がリヴァイだとは夢にも思っていないのだろう。エレンはどう言っていいのかわからず口をつぐんでしまった。

「相手は一筋縄じゃいかないんだね。じゃぁ、そんなエレンにいいことを教えてあげよう。」
「いいこと?」
「好きな相手に手作りのチョコを渡して、目の前で食べてもらうとその恋は成就するって噂が貴族の令嬢たちの間では昔から流行ってるらしい。」
「手作りのチョコ……ですか?でもオレ作り方なんて知りませんよ。」

 そもそもチョコ自体が高級食材でもあるため、エレンはあまり目にしたことがない。それを好きな相手に食べてもらえば恋が成就するなど、エレンにとっては全く思いつかない話だった。

「そこは心配ないよ。クリスタが作り方を知っているとこの前話していたから。」
「クリスタですか?」
「直接本人に聞いてみるんだね。あ、それと、もしチョコを作るならこれを一緒に混ぜるといい。」

 ハンジはポケットから小瓶を取り出し、エレンに渡す。小瓶の中には淡いピンク色のかかった見たこともない液体が入っていた。

「これは何ですか?」
「恋で悩むエレンにはちょっとした効果のある薬だ。」
「効果って………?」
「それは……ひ・み・つ。」

 ハンジはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。エレンの背筋にゾクゾクと悪寒が走った。
 これまでエレンは巨人の研究をしているハンジからいろいろな薬を飲まされている。当然、エレンにとって害になったものは一つもないのだが、言いようもない不安がエレンを襲った。

「あ、あのハンジさん。秘密って……」
「エレン、言葉でなくとも上手く気持ちを伝える手段はある。成功を祈ってるよ。」

 ハンジはエレンの肩をポンっと叩き、仕事があるからと遠目でこちらの様子を心配そうに窺っていたモブリットの元へと向かった。

「結局この薬が何なのか教えてくれなかったな……」

 エレンは掌にあるハンジがくれた小瓶をジッと見つめ、やがてギュっと握りしめた。
 このままだといずれリヴァイにさえ愛想をつかれてしまうかもしれない。もしリヴァイに想いを受け入れられなくてもそれはそれで心の整理はついて、上司と部下の関係として割り切って傍にいることができる。
 エレンはクリスタの姿を探すことにした。


「多分この時間だと訓練は終わっているはずだけど…」

 いまはちょうど昼時のため自由時間となっている。兵士たちは午前中の訓練を終えて食堂で食事をしたり、それぞれ休憩を取っていることだ。
 クリスタがいそうな場所にあたりをつけて探し回るエレンの視界に、ユミルらしき人物と肩を並べて歩くクリスタの後ろ姿を見つけたエレンは大声で呼んだ。

「エレン?どうしたの……?」
「クリスタ、お願いがあるんだ。」

 いつにも増して真剣な表情で迫るエレンに、クリスタは何事かと不思議そうな顔をして首を傾げた。

「オレに……チョコの作り方を教えてくれ!」

 しばし沈黙の時が流れる。予想外な申し出だったのか、クリスタとユミルはほぼ同時に顔を見合せた。

「ははーん。エレンお前、誰かに恋の告白でもするのか?」

 ユミルが面白おかしそうにエレンに尋ねる。図星だったためエレンは顔を真っ赤に染めた。

「ちょっと、ユミルってば詮索しちゃダメよ。」

 思ったことをストレートに口にするタイプであるユミルに見かねたクリスタが窘めるのはいつもの光景だ。

「クリスタ、別に構わない。……これが恋って言っていいのかどうかさえまだわからないけど、オレはその人に自分の気持ちを伝えてみたいんだ。ただ、面と向かって言うのが少し恥ずかしいからチョコならいいかなって、そう思ったんだ。」

 一言一言、想いの丈を力強く言葉にするエレン。ユミルがフッと口元を綻ばせた。

「ったく、いま言ったことをそのままそいつに伝えればいいものを……面倒くせぇ奴だな。まぁ、まだキスさえもしたことないような童貞坊やには無理か……」
「どっ……いきなり何言い出すんだよ、ユミル!」

 動揺しながらユミルに迫ろうとするエレンだったが、二人の間にクリスタが割って入ってきた。

「今日は午後の訓練が休みになったので、ちょうどこれからユミルとチョコを作ろうかと思っていたのよ。エレンも一緒に来る?」
「え?」
「この前ハンジ分隊長が王都に行ったときにたくさんのチョコの材料を買ってきてくれたの。そうしたらなぜか私に手作りのチョコ作ってほしいっていろんな人に頼まれてしまって……お世話にもなっているし、作ろうかなって思っていたところなのよ。」
「油断も隙もありゃしない……」

 ユミルがクリスタに聞こえるか聞こえないかくらいの声でぼやいた。兵士の間でクリスタは人気なのだろう。
 何となくハンジに上手く誘導されている気がしないわけでもないが、ここまで来て引き下がるわけにもいかない。

「クリスタ、ありがとう。よろしく頼むよ。」

 エレンはクリスタとユミルとともに厨房に行くことにした。


    *    *    *


 イライラが止まらない―――
 最近エレンが自分のことを避けているのは明白だ。自覚しているのかはどうかわからないが何か言いたげに熱っぽい瞳をこちらに向けてくるクセに、近づこうとするとあからさまに避け始める。
 如実だったのはこの前の倉庫での出来事だ。あれからエレンはリヴァイと目を合わせようとさえしなくなった。

「あの野郎……一体どこに行きやがった。」

 いつもなら午後三時になるとエレンが紅茶を淹れてリヴァイの執務室に持ってくるのだが、今日は既に三十分以上過ぎているというのに姿を現さない。
 自分が監視対象であることはそれなりに自覚しているはずなので行方をくらますことは有り得ないし、リヴァイが傍についていないときは嗅覚の鋭いミケが遠目に監視しているはずである。
 その点の心配がないからこそ、エレンが姿を現さないことに苛立ちが募るばかりなのだが……
 手にしている書類にさっきから目を通しているのだが少しも頭に入ってきやしない。今の自分の顔を誰かが見たら巨人を目の前にしたときより怯えるかもしれない。
長い溜息をついたリヴァイに元に、さらに苛立たせる相手がノックもしないまま入ってきた。

「やぁリヴァイ。これはまた……随分と怖い顔しちゃって。最近そんなんだから皆怖がって近づかないんじゃない。」
「………何か用か?」
「何言ってんの?会議が始まる時間になっても来ないからわざわざ呼びに来たんじゃないの。」
「あぁ……そういえばそうだったな。」

 エレンのことで頭がいっぱいになっていて会議のことなどすっかり頭から抜け落ちていた。我ながら珍しいことばかりだと心の中で溜め息をしつつ、リヴァイは椅子から重い腰を上げた。

「まったく、エレンだけじゃなくてリヴァイまで最近様子がおかしいんだから。まさかリヴァイまで誰かに恋をしているとか?」

 ハンジの言葉にリヴァイはピクリと体を反応させ、歩みを止めた。

「恋……だと?」
「あれ?まさかリヴァイ、エレンのこと知らなかったの?あんなにわかりやすいのに。」
 ハンジの呆れたような表情にリヴァイの眉間の皺の数がますます増えていく。
「あ……あれエレンじゃない?」

 ハンジの指差す先に視線を移す。食事時間をとうに過ぎた食堂に、エレンが一〇四期生であるクリスタやユミルと一緒にいたのだ。

『俺の元に来るのを忘れて何やってやがる……』

 首根っこひっ捕まえてそこから引き摺り出してやろうとしたリヴァイの足が突然止まる。
 遠目なので当然会話は聞こえない。そこで見たのはいままでリヴァイには見せたことのない、エレンの笑顔だった。

『この俺があのガキにここまで振り回されるなんてな…』

 心が何かに鷲掴みにされたような思いに耐えようと拳をグッと握りしめる。
 ここまで一人の人間に対して執着していることを自覚させられる。これはリヴァイにとって新鮮な感情だ。
もともと他人に対して一線を引くリヴァイが心を許す存在などいままでだって指折り数えるほどしかいない。そういった存在ほど、いざ失ったときのショックが大きいことをリヴァイは身に染みて知っているからだ。

「へぇ……やっぱり同年代の子たちと一緒にいるとエレンも年相応にあどけない表情するもんなんだね。」

 天然なのか意図的なのか隣にいるハンジがさらに追い打ちをかけてくる。少しでも動揺するところを見せたら、後で何を言われるかわからない。
 リヴァイは内に起こる感情を抑えこみながら、何も言わずにその場を立ち去った。




    *    *    *



「へぇ……一度溶かしたのをこうやっていろんな形にできるんだな……」

 厨房にはさっきから甘い匂いが立ちこめている。
 クリスタは一度溶かしたチョコを様々な形をした型に手際よく流し込んでいった。

「これは一番シンプルなやり方なの。あとはフルーツとか木の実とかをトッピングしたり、中にジャムやお酒を入れたりいろんなことができるのよ。味も変わるし、見栄えも良くなるの。」
「さすがクリスタだな。で、このチョコは全部私にくれるんだろ?」
「何言ってるのユミル。こんなにいっぱいのチョコ一人で食べられるわけないじゃない。」

 クリスタが苦笑いを浮かべるが、ユミルは他の男たちにクリスタ特製のチョコを譲る気はまったく無いようだ。

「さぁ、あとは冷やし固めて終わりよ。これで一通り終了だからエレンもやってみて。」
「あぁ、わかった。」

 とはいえ誰かの手伝いでしか厨房に入ったことのないエレンにとって鍋でチョコを溶かすことだけでも初めてやることなので少し緊張が走る。

「大丈夫よ、エレン。こういうのは味なんて二の次で要はその人がどれだけ気持ちを込めて作ったかというのが大事なんだから。」
「クリスタ……」
「エレンがそのチョコを誰に渡すのか知らないけど、こんなに真剣なんだもの。気持ちは伝わると思うよ。」

 クリスタに励まされたことで、エレンの緊張が自然と解けていく。
 ぎこちない手つきながらも焦がさないよう綺麗に溶かしたチョコを何とか型に流し込むところまでできたエレンはふぅっと安堵の息を吐いた。

「わぁ。初めてにしては上手いじゃない、エレン。」
「クリスタの教え方が上手いんだよ。」
「そんなの当たり前だ。」
「お前は何もしてないだろ、ユミル。」

 すぐ横槍を入れてくるユミルにエレンが負けじとすかさず突っ込みを入れる。二人のやり取りが面白かったのかクリスタがクスクスと笑った。

「少しは気分転換になったみたいだね、エレン。」
「え?そうかな……」
「うん、さっきまでの思い詰めたような表情とは全然違うよ。この調子で頑張ってね。」
「あぁ……ありがとう。クリスタ、ユミル。」


    *    *    *


 エレンがリヴァイへの想いをこめて作ったチョコが完成する頃には夜も更けていた。
 誰もいない厨房で一人型からチョコを丁寧に取り出す。リヴァイが好きな葉で淹れた紅茶も用意し、エレンは少し緊張した面持ちでリヴァイの執務室へと向かった。

「リヴァイ兵長……エレンです。」

 扉を控えめにノックするものの、いつもならすぐに来る返事が一向にないので、エレンは眉を顰めた。

「確か会議は夕食前には終わったってハンジさんが言っていたはずなのに……」

 戸惑うエレンの背後から突然声をかけられた。

「こんなところで何してやがる。」
「うわぁぁぁっ!リ、リヴァイ兵長…?後ろから脅かさないでくださいよ!」

 つい最近も同じようなことがあったことを思い出すが、いまだに慣れない。エレンは危うくティーカップを落としそうになった。

『ん?リヴァイ兵長の様子が何か変……?』

 いつも淡々とした表情をしているリヴァイの頬が少し赤く染まっている。さらに昔から嗅いだことのある特有の匂いがエレンの鼻をついた。

「もしかしてリヴァイ兵長……お酒飲んでます?」
「……俺だって酒くらいは飲む。」

 傍にいるようになって酒を飲んだリヴァイを見るのは初めてだったので意外に感じてしまう。顔も目も少し蕩けたような表情のリヴァイが扇情的に見えてしまい、エレンの中でジワジワと熱が灯り始めた。
 そんなリヴァイはエレンの手元とジッと見つめていた。

「チョコか……」
「これ、リヴァイ兵長に食べてほしくて……」

 声が少し震えながらもどうにかリヴァイに伝える。
 リヴァイは緊張するエレンの横をすり抜け、部屋の扉を開けると、エレンに入るよう促した。

「とにかく中に入れ。」
「……はい。」

 薄暗かった部屋に最低限の明りを灯す。リヴァイは部屋の中央にあるソファに深く腰をかけた。

「どうして俺なんだ?」
「え……どうしてって……」
「そのチョコはお前の手作りだろう?他に食べさせたい奴がいるんじゃないのか?」

 リヴァイは首元のスカーフを緩めながら、珍しくエレンとは視線を合わせようとはせず静かに問いかけた。

『やっぱり……リヴァイ兵長少しおかしい?』

 リヴァイの様子にエレンの頭には疑問が浮かぶものの、原因がわからない以上ここで変に取り繕うのもおかしい。

「今日クリスタに教わったんです。どうしてもリヴァイ兵長に食べてもらいたいから……」
「お前……やっぱりあのクソメガネによからぬこと吹き込まれやがったな?」

 リヴァイがチッと大きく舌打ちをしながら溜息をつく。

「確かにハンジさんに教えてもらったことを実行したのは認めます。でも、それはそそのかされたからというわけじゃなくてオレがリヴァイ兵長にきちんと自分の気持ちを伝えたいからなんです。」
「今日、お前の笑った顔を初めて見た。」
「え………?」

 リヴァイがようやくエレンの方を見る。どこか寂しげな色を浮かべたリヴァイの瞳に釘付けになってしまう。

「そのとき俺は少し羨ましいと思った。俺はお前に心から許したあんな表情をさせることはできないんだろうな。」
「そ、そんなことありませんっ!」

 否定するエレンはリヴァイに駆け寄り、いつも雄々しいのになぜかいまは小さく見える両肩を掴む。
 エレンは激しく後悔をした。これまでの自分の不審な行動がリヴァイにあらぬ誤解をさせていたとは思ってもみなかったのだ。

「すみません、リヴァイ兵長。オレ馬鹿でした。一人でグルグル悩んでいたんです。オレの抑えきれないこの気持ちを
リヴァイ兵長に知られたら嫌われてしまうじゃないかって怖くて………だから………あ……」

 気がつけばエレンはリヴァイを勢い余ってソファに押し倒してしまっていた。よからぬ状況にエレンの体は頭のてっぺんから足のつま先までが熟れた果実のように真っ赤に染め上がった。

「す、すみません……っ!」

 慌てて離れようとしたエレンの手首をリヴァイがすかさず掴んだ。

「今度は振り払うんじゃねぇぞ……それともう逃げるな。」
「は……はい………」

 リヴァイはテーブルの上にあるチョコをチラリと見た。

「あのチョコ……お前が俺に食べさせろ。」
「え?食べさせるって……」
「そのためにわざわざ作ったんだろう?」

 それは確かにそうなのだが、食べさせるとはどういう意味なのかその意図を飲みこめないまま、エレンはチョコを手に取りリヴァイの口元に差し出した。

「これでいいんですか?」

 リヴァイの口元が薄く開けられ、エレンのチョコが跡形もなく消えていく。それだけでエレンの胸が高鳴ってしまう。リヴァイは口の中で十分味わってから飲みこんだ。

「………指じゃ物足りねぇな。」
「はぁ?物足りないってどういうことですか?」

 エレンの口元にリヴァイの長い指がスッとあてられる。

「今度はお前の口からもらおうか。」
「な、何を言ってるんですか?く、口から渡すって……それって口移しってことじゃないですか!」

 驚いたエレンは思わず後ろに身を引こうとしたが、腰をがっつりと掴まれていては逃げようがない。

「その方が味も変わるだろう?」
「あ……あの、リヴァイ兵長。いままでもこんな風にしてチョコをもらっていたんですか?」

 リヴァイは少しだけ目を丸くした。

「俺が他人からチョコをもらうのは初めてだが?」

 男女問わず憧れられる存在であるリヴァイだけに、少し意外だったのだが一方でどこか安心感を覚えてしまう。
 エレンは震える指で摘まんだチョコを半分だけ口に含める。すぐに溶け始めたチョコのほんのりとした甘さがエレンの口の中に広がっていった。
 エレンはリヴァイの肩に手をかけ、ゆっくりと顔を近づいていく。体温が内からどんどん上昇していくのがわかる。
あと数センチというところで、ピタリと動きが止まってしまった。
しばしの沈黙が流れる。固まったまま動けないエレンに、リヴァイが呆れ気味に端正な口を開いた。

「おい、どうした?チョコが全部溶けちまうぞ。」
『そ、そう言ったって……』

 悔しいがさっきユミルが言っていたとおり、エレンはキスさえしたことがない。

『これはキスなんかじゃない……!く、口からこのチョコを兵長に渡せばいいんだ!』

 心の内で葛藤するエレンの後頭部にリヴァイは手を回し、そのまま強引に引き寄せた。

「×△■○×××っ…………!」
 
 エレンの息が一瞬止まる。リヴァイとの距離がゼロになっている自分をようやく理解する頃には、口の中で酒の苦味とチョコとはまた違う甘みと熱が広がってきた。

『リ……リヴァイ兵長にキスされてる………!』

 チョコが溶けきった口の中にリヴァイの熱い舌が割り込んでくると、体の奥がジンっと痺れてもはや何も考えられなくなっていた。

「ふぅっ………んんっ………」

 余裕がない上、呼吸の仕方がわからないエレンにリヴァイが隙間を作ってくれる。そこから漏れる吐息は蕩けるほど甘く、声は自分でも聞いたことのないほど艶めいているのに驚くことばかりた。
 リヴァイの舌がエレンの咥内を掻き回す度、体の力がどんどん抜けていく。リヴァイはエレンの体を優しく包み込むとそっと背中から押し倒し、静かに唇を解放した。

「リヴァイ……兵長……」

 自分の顔が映し出されているリヴァイの瞳に吸い込まれそうになる。

「お前のチョコ……本当に甘いな。甘すぎだ……」
「気に入りませんでしたか……?」
「いや……悪くねぇな………」

 かかるリヴァイの息が甘くて痺れそうになる。留まることを知らない鼓動はエレンの理性を崩壊させていった。

『何だろう……なんだかオレまでおかしくなってきた気がする……』

荒い呼吸を抑えることもできないままエレンはリヴァイを見つめ返す。潤みだした視界は歪み始めていた。

「やっぱりハメやがったな。あのクソメガネ……」
「ど、どういうことですか?」
「お前、このチョコに何か入れただろう?」
「あ………」

 エレンはハンジが別れ際に渡した小瓶のことを思い出した。実はチョコに混ぜるかどうか散々迷っていたのだが、エレンのチョコ作りをクリスタと共に見守っていたユミルが何だとわからずに、小瓶の中身を勝手に混ぜてしまったのだった。
 リヴァイの額に汗の粒が浮かんでくるのがわかる。ふぅっと大きく吐いた息は火傷しそうなほどの熱を伴っていて、それがエレンを余計に煽りたてていく。

「くそっ………」
「リヴァイ兵長……オレも何だかさっきからおかしくて……ハンジさんは効果があるって言っていたのに………」
「あぁ……ある意味抜群の効果があるだろうよ……アイツがお前に渡したのは媚薬だからな。」
「び……媚薬?」

 こういったことに無知なエレンでも媚薬がどういうものかということくらいの知識はある。

「リヴァイ兵長……すみません、オレ……」
「お前のせいじゃねぇよ……まぁ俺にとってはこれくらいのきっかけが必要だったのかもしれねぇしな……」
「オレ、兵長のことが好きだという気持ちが止められないクセに伝える勇気もなくて……その上こんなに迷惑をかけてしまって……本当にガキですね。」

 情けない自分に涙が出てくる。泣き顔を見られたくなくて両手で顔を隠すエレンの体はゆっくりと反転した。ソファのスプリングが軋む音とともに今度はリヴァイが覆い被さってくる。

「あぁ……本当に手のつけられねぇガキだな、てめぇは。だが嫌いじゃない……」
「え………そ、それじゃ……」
「嫌だったらチョコなんて食わねぇよ。たとえあのクソメガネが仕込んだものだってわかってたらなおさらだ。」

 エレンを散々悩ませていた胸のもやもやが嘘のように晴れていく。リヴァイに気持ちを伝えたとしても、監視という役目以外で受け入れられるとは思ってもみなかった。
 覆い隠してた手を除けたエレンの瞳から零れ落ちる涙。リヴァイはエレンの涙を綺麗に拭ってくれた。

「悪いな……エレン。もう止められそうにねぇ。俺はこれからお前を抱く……いいか?」

 エレンは体を震わせながらも小さく頷いた。

「絶対無理だと思っていたから、オレ本当にうれしいです。夢なら醒めてほしくない……」
「夢なんかじゃねぇよ。夢なんかにさせてたまるか。」

 リヴァイのキスが首筋から鎖骨に降りていく。時々強く吸われる度にエレンは小さな魚のようにビクンと体を跳ね上げる。体の熱が溢れ出して行き場を失ってどんどん溜まる一方でこのままだと爆発してしまいそうだ。

「怖いかエレン……?」
「怖いというか……たぶん幸せすぎて目が醒めたら兵長がいなくなっていたらと思って不安で仕方ないです。」

 リヴァイの表情が微かに綻んだように見えてエレンは目を丸くした。

「大丈夫だ……夢だと思えないくらいの痛みとそれ以上の熱をお前に刻んでやる。」

 リヴァイの言葉に安心したエレンは背中に手を回し、その身を委ねた。



    *    *    *



「やぁリヴァイ、エレン。おはよう!」

 昨日のことは何事もなかったように、ハンジが意気揚々とリヴァイの執務室に入ってきた。

「てめぇ……よくここに来られたな。」
「ん?何のこと?私はエレンの悩みを聞いてアドバイスをしただけだけど?」

 あくまでとぼけるハンジにリヴァイはわざと大きく舌打ちをした。

「とにかく、今後一切こいつに余計なこと吹き込むんじゃねぇぞ。クソメガネ。」
「はいはい。苦手な甘いモノを口にしてしまうほど大事なエレンに手出しするほど命知らずじゃありませんよ。」
「え……甘いモノが苦手?」

 エレンがチラリとリヴァイを見ると、珍しく罰が悪そうにハンジを睨んでいた。しかし、さすがに長い付き合いのせいかリヴァイの殺気を意にすることなくハンジは颯爽と姿を消した。

「あのクソメガネ、いつか削いでやる。」
「リヴァイ兵長。もしかして昨日のチョコ、無理して食べてたんじゃ……?」
「昨日も言っただろ?嫌だったら食わねぇって……それとも食わない方がよかったか?」
「そんなことあるわけないじゃないですか!」

 昨晩の情事を思い出し、エレンの体がボッと火が点いたように熱くなる。正直、恥ずかしさでいっぱいでほとんど記憶にない。だが、それが夢でないことを証明するように今日は朝から立っていられないほど体が辛い一方で幸せに満ち溢れていた。
 椅子から立ち上がったリヴァイがエレンの体を引き寄せて軽く唇に重ね合わせると、ようやく収まったというのに昨晩の熱が疼き出してしまう。
 物足りなくて我慢するエレンの耳元でさらに追い打ちをかけるようにリヴァイがそっと囁いた。

「お前のチョコだったらいくらでも食べてやる。だからエレン、お前も覚悟しておくんだな………」




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